アリ地獄天国 (2019):映画短評
アリ地獄天国 (2019)ライター2人の平均評価: 5
ゆきゆきて市井のひと。タイトルの「天国」の意味に涙
毎日1人以上──冒頭に我が国の、ここ10数年の過労死、過労自死の統計数が示される(厚生労働省資料)。だがこれは労働災害を申請し、認められた数。実際はもっともっと多い。つまりこのドキュメンタリー、本当に他人事ではないのだ。
あまりに酷すぎる会社に、静かに抗う「ゆきゆきて市井のひと」西村有さん(仮名)。対して、横暴さを募らせていく会社の上層部、保身で追随するしかない社員たちの姿は、 “改悛の情”を失った現在のダークなこの国の縮図そのものでやるせない。3年間もの闘いの末、西村さんがついに本名を名乗る瞬間をぜひ観届けてほしい。並走し続けた土屋トカチ監督とのやりとりは、まさにノンフィクションならでは!
リアルなケン・ローチの世界
運送業の不当な労働環境を白日のもとにさらしたケン・ローチ監督『家族を想うとき』が話題だが、こちらはリアルだ、さらに非人道的だ。そして、泣き寝入りしない一つの戦い方まで提示している。個人加盟型の労働組合に加入して抗うという手法だ。ただ、本作が記録した3年の戦いは一人の人間の尊厳を破壊する壮絶さで、よくぞ主人公が耐えてくれたと胸を撫で下ろした程。その支えになったのが、傍らで見守り続けた土屋トカチ監督の存在ではなかったか。カメラは時に暴力にもなり得るが、人に生きる力を与える事を物語っている。そして同様に苦境に陥っている人へ一歩踏み出す勇気を--。被写体と撮影者の、共通の願いと覚悟が融合した力作。