公団の立ち退き問題に迫るドキュメンタリー!UR理事長にアポなし突撃取材も敢行してまるでマイケル・ムーアのよう
山形国際ドキュメンタリー映画祭で今年から、衛星放送スカパーJSAT株式会社がドキュメンタリー作家の育成と新作支援を目的としたスカパー!IDEHA賞を創設し、東京・日野市の高幡台団地73号棟の立ち退き問題を追った『さようならUR』の早川由美子監督がこのほど、第一回受賞者に決まった。早川監督には賞金150万円が贈られた。
早川監督は1975年生まれ。成蹊大学法学部から英国のロンドン・スクール・オブ・ジャーナリズムを卒業した映像作家で、本作がドキュメンタリー2作目となる。かねてから生活費の中で住宅が占める割合の大きさに疑問を抱き、住宅問題関連の勉強会に参加していたところ73号棟の住民と出会い、密着取材が始まったという。
73号棟の問題は、都市再生機構(UR)が住民7人に対して明け渡し訴訟を起こすという裁判にまで発展し、社会問題となっている一件だ。事の発端は2008年3月にさかのぼる。UR(都市再生機構)は1999年の旧耐震基準で建築された73号棟について耐震不足であることから耐震改修を行うことを告げていたものの突然方向転換。改修は過大な負担を要するとして取り壊しを決定し、一方的に2010年3月末までの転居を住民に命じたのだ。しかし204戸のうち7戸の住民がこれを拒否。住民たちは耐震補強の可能性を探ると同時に、ほかの理由があるのではないか? とにらんでいるのだ。実はURは2007年末に大幅な住宅削減計画を打ち出しており、その標的になってしまった可能性が高いという。
そこで早川監督は住民たちには40年以上も住み続けているそれぞれの理由をインタビュー。続いてURにも取材を申し込むのだが、カメラを回しての取材は受け入れられないと却下。TBS系報道バラエティ「噂の東京マガジン」の取材は受けているのに納得いかない早川監督は、出勤途中のURの理事長・小川忠男(旧建設省出身)にアポなし取材を実施。上映後に行われた質疑応答では、観客から「マイケル・ムーアのようだ」と早川監督の突撃精神を絶賛する声が相次いだ。
早川監督は「住民が頑張っていたから、私もURと戦わねばと思いました」とアポなし取材を行った決意を語った。しかし「本当は警察を呼ばれたらどうしよう? と思っていたんです。ところが向こうも、私が声をかけたら女性に話しかけられた……みたいな対応になって(苦笑)。こっちは100個ぐらい質問を考えていて聞く気満々なのに、逆に拍子抜けみたいな感じになってしまいました」と撮影裏話を披露して場内から笑いが起こっていた。
また同じく立ち退き問題にあっているという大阪のURに住む女性から、同時期に建設された団地は同じように耐震問題で引っかかると思うが、なぜ73号棟が狙われたのか? という質問が飛んだ。早川監督は「立ち退き問題はURにとっても大きな問題なので、住民のことをいろいろ調査しているんです。あの人たちはそういう情報網をつかむのはスゴイですからね。だから自治会の結束力が弱いところなどが狙われやすいようです」と独自の取材調査を報告した。
ちなみに耐震不足が指摘された73号棟だが、東日本大震災の影響が心配されるが、早川監督いわく「東京もかなり揺れた(日野市は震度5弱)ので私も崩壊したんじゃないかとすぐに住民に連絡を取ったのですが、何ともなかったそうです。むしろ『今まで立て付けが悪くて閉まらなくなってしまった扉が、閉まるようになった』という人もいました」ということで、被害はなかったという。
本作はURだけでなく、特に東日本大震災以降、民間の賃貸住宅でも耐震性を理由とした立ち退きが多発しているそうで、裁判の行方が注目されている。また本作は、事業刷新会議でも露呈された天下り天国であるURの組織体制の問題点も浮き彫りにしており、我々の血税の使い道について考えさせられる作品でもある。早川監督は「全国で同じような問題を抱えた人たちに参考になれば」と上映活動を続けていきたいという。(取材・文:中山治美)