最高齢ケン・ローチ&最年少グザヴィエ・ドランが受賞!カンヌ結果総評
第69回カンヌ国際映画祭
現地時間22日、第69回カンヌ国際映画祭がコンペティション部門の授賞式とそれに続く審査員会見、受賞者会見をもって閉幕した。最高賞のパルムドールを受賞したのは、来月には80歳の誕生日を迎えるケン・ローチ監督作『アイ・ダニエル・ブレイク(原題) / I, Daniel Blake』。次点にあたるグランプリにはグザヴィエ・ドラン監督(27)の『イッツ・オンリー・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(英題) / It's Only the End of the World』が選ばれ、今年のコンペ部門の最高齢と最年少の監督がカンヌの栄冠に輝いた。
【写真】ジョージ・ミラー監督、マッツ・ミケルセンなど9名の審査員
キリアン・マーフィ主演の『麦の穂をゆらす風』(2006)でもパルムドールを獲得しているイギリスの巨匠は受賞にも冷静だったが、「またここに戻って来られるとは思わなかったので、息をのみました。静かに圧倒されているんですよ」とほほ笑む。前作『ジミー、野を駆ける伝説』での監督引退宣言を撤回して挑んだ本作で題材にしたのは、欧州全体でも大きな問題になっている貧困と社会的弱者の尊厳の問題で、プロデューサーは「今、撮らなくては」と猛スピードで企画を進めたという。ローチ監督も「社会派映画と言われると戸惑う」と語っているが、過酷な状況でもユーモアと人間らしさを失わない市井の人々の姿を描く本作は社会派映画という枠にとどまらない心を揺さぶるドラマで、かつコンペ作の中で最も強いメッセージ持った、パルムドールにふさわしい作品だ。
グランプリを受賞したドラン監督が『イッツ・オンリー・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(英題)』でつづったのは、家族の葛藤と愛。ギャスパー・ウリエル、マリオン・コティヤール、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセルらキャスト陣が口を開けばののしり合いになるある家族にふんし、上映時間の約90%は登場人物の顔のクローズアップで構成するなど、ドラン監督は新たな映画表現を追求している。声を震わせ涙ながらの受賞スピーチとなったのは、批評家からは辛辣な反応も少なくなかったそんな同作が認められたからだといい、「僕が尊敬する映画人たちに『自分に正直で居続けないといけない』と言ってもらえた」とドラン監督。19日にキャストと共に臨んだ会見では評価が割れていることについては気にしないと言っていたが、思い入れの強い作品だけに胸を痛めていたようだ。
また、グランプリに次ぐ審査員賞は、カンヌが見いだした女流監督アンドレア・アーノルドの『アメリカン・ハニー(原題) / American Honey』が受賞した。イギリス人のアーノルド監督がアメリカを舞台に、小さなバンで旅を続ける若者のグループに加わったティーンエイジャーの少女の恋と成長、多面的なアメリカとそこに潜む問題を映し出した。記者の中では、グランプリにはドラン監督の『イッツ・オンリー・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(英題)』より本作を推す声も多かった。ちなみに本作の撮影監督ロビー・ライアンは、ケン・ローチ監督の『アイ・ダニエル・ブレイク(原題)』も手掛けている。
今回唯一、男優賞と脚本賞と二つの賞を獲得したのは、アカデミー賞外国語映画賞に輝いた『別離』で知られるアスガー・ファルハディ監督がイランで撮った『ザ・セールスマン(原題) / The Salesman』。夫の留守中に妻が何者かに襲われるが、妻は人に知られたくないと警察に話すことを拒否。自分で決着をつけようと犯人探しを始め、妥協を許さない冷酷な人間へと変わっていく夫の姿をシャハブ・ホセイニが見事に演じた。そのスリリングな本筋に夫婦が地域の劇団で演じる「セールスマンの死」(作:アーサー・ミラー)のシーンをからめ、さらにイランの社会的、政治的、道徳的な問題までカバーしており、男優賞も脚本賞も納得というところ。二人は、W受賞はイランにとって素晴らしいことだと喜んでいた。
女優賞は、『マ・ローザ(原題) / Ma' Rosa』(ブリランテ・メンドーサ監督)でフィリピンの貧民街で子供を育てるため、コンビニエンスストアを営みながらドラッグ取引に手を染める母を演じたジャクリン・ホセの手に。パワフルで魅力的な女性キャラクターが多かった今年のコンペの注目部門を制することになった。審査員会見では、ジャクリン演じる母は映画の開始早々に逮捕されて彼女を助けようと奮闘する家族の姿を追う映画なだけに、ジャクリンは主演ではなく助演なのでは? との質問が出たが、ジョージ・ミラー率いる審査員団は、ジャクリンは間違いなく主演で彼女こそがこの映画なのだと断言していた。
監督賞は、ファッション業界を舞台にしたクリステン・スチュワート主演のゴーストストーリー『パーソナル・ショッパー(原題) / Personal Shopper』のオリヴィエ・アサイヤス監督と、ルーマニアの大学入学検定試験を軸に父娘の関係を描く『バカロレア(原題) / Bacalaureat』のクリスティアン・ムンジウ監督が二人で分けることに。批評家から総じて高評価だった『バカロレア(原題)』と比べ、『パーソナル・ショッパー(原題)』は賛否が分かれたが、アサイヤス監督もドラン監督と同様、これまでの作品の型にはまらない新たな挑戦をしており、そういった部分が評価されたのだろう。
なお、今年のコンペ作品で記者・批評家から最も愛されたといえる、ドイツの女性監督マーレン・アーデが手掛けた『トニ・エルトマン(原題) / Toni Erdmann』が無冠に終わったことに失望の声も聞かれた。疎遠になっていたキャリアウーマンの娘のもとを訪ね、一緒に時間を過ごそうとする父親の姿を描いたコメディーで、真面目な娘とマイペースすぎる父の関係がとびきりチャーミング。最後には父の深い愛にほろりとさせられる名作だ。審査員会見で上がった「なぜ『トニ・エルトマン(原題)』に賞を与えなかったのか」という質問に、審査員長のミラー監督は、それぞれの部門でベストを決めていくアカデミー賞などと違い、たくさんのルール(パルムドール、グランプリ、監督賞を獲った作品はほかの賞は獲れない。二つの賞を獲れるのは1作品のみなど)がある中でバランスを取り、コラージュのように全体で判断してこのラインナップになり、どの作品がいい・悪いということではないと説明していた。(編集部・市川遥)