秦基博が主題歌で貫いていること「主人公を代弁するものではない」
2014年の映画『STAND BY ME ドラえもん』に起用された「ひまわりの約束」を筆頭に、さまざまな映画の主題歌を手掛けてきたシンガーソングライターの秦基博。山田孝之主演の新作映画『ステップ』(4月3日公開)では「在る」を書き下ろした秦が、存在するというテーマを選んだ理由や主題歌づくりにおいて貫いているスタンスについて語った。
映画『ステップ』は、重松清の同名小説を原作に、妻を亡くした30歳の健一(山田孝之)が、男手一つで幼い娘・美紀を育てる10年の軌跡を描く物語。主題歌「在る」は、脚本を読み映画を鑑賞した秦が「存在する、失うというのはどういうことなのか」を考えさせられ、「自分にとって大切な誰かがいなくなったとしても、その人の存在を感じながら生きているのだとすれば、その人と共に在ると言えるのかもしれない」という思いを込めて作詞・作曲したバラードだ。
秦が劇中、特に心を動かされたのが、家事を片付け一日を終えようとする健一が、亡き妻・朋子の写真立てに向かって話しかけるシーン。「(妻が)亡きあとも『在り続ける』んだなと強く感じたシーンです。この映画では健一さん、美紀ちゃんのほか健一さんと朋子さんのご両親など、登場人物それぞれが喪失感を抱えていて、それと同時に朋子さんの存在を感じているんですよね。そんな朋子さんへの思いというのが、曲の軸になっていると思います」
「在る」という曲のタイトルはシンプルながら、さまざまな意味を喚起するものだが、秦はその意図についてこう語る。「この曲はすごくシンプルに作ろうと。なるべくそぎ落として、歌詞に余白をもたせることで余韻や広がりを感じてもらえるような曲にできたらいいなと思って作っていったので、タイトルも同様にシンプルにしたんです。タイトルは最後に決めました」
秦はこれまで映画の主題歌では、自身最大のヒット曲となった「ひまわりの約束」(『STAND BY ME ドラえもん』より)をはじめ、松山ケンイチ主演の『聖の青春』(2016)、樹木希林さん主演の『あん』(2015)などを担当。『さよならくちびる』(2019)では主演の小松菜奈と門脇麦が劇中で組んだギターデュオ「ハルレオ」のために映画と同タイトルの楽曲を書き下ろした。映画の主題歌で、秦が貫いているのはどんなことなのか。
「例えば、主人公の気持ちを代弁しようというつもりは全然なくて。もちろん映画のために書き下ろした曲ではあるんですけど、主人公の気持ちを借りて歌うことはできない。その作品に対して自分はどう感じたのかということを歌にしていく、という感じでしょうか。映画って2時間などの時間をかけて、丁寧に登場人物の気持ちやストーリーを紡いでいるものだと思うので、その後に5分もない時間でまた同じ気持ちを代弁しても意味がないと思うんです。僕自身は映画からもらったものを自分の感覚で歌うことが重要なのではないかと思っていて。そうすると、映画のテーマが違う視点でもう一つ存在することになるわけで、それが広がりなのかなと思うんですよね」
そんな秦にとって、映画の主題歌に着手する醍醐味とはどんなところにあるのか?「作品の一部になれるということは一つの大きな喜びですし、それまで自分が気付かなかったテーマに出会えることもありがたいです。『ステップ』でいえば存在すること、失うこと。それは、表現者として貴重な機会になります。ただ、難しいのが、主題歌が多くの場合、最後にかかるということ。映画を見終えたあとの余韻や感覚を自分の曲がどんなふうに増幅したり後押しできるのか。映画を観た方がその気持ちを持続したまま映画館を去っていけるように曲を書くのはいつも難しいと思っています」
なお最近、観た映画について尋ねたところ、昨年は、約4年ぶりのオリジナルアルバム「コペルニクス」の曲作りに没頭していたためなかなか映画を観る時間がなかったというが、「アルバムが完成した後に『ラ・ラ・ランド』(2016)など、観ていなかった作品を一気見しました」と少し照れくさそうに話していた。(取材・文:編集部・石井百合子)