技能実習で来日した女性たちの苦悩描く『海辺の彼女たち』新人監督部門に選出~サンセバスチャン国際映画祭
18日に開幕する第68回サンセバスチャン国際映画祭(以下、SSIFF)のニュー・ディレクターズ部門に、藤元明緒監督の日本・ベトナム国際共同製作映画『海辺の彼女たち』(2021年公開予定)が選出され、19日に現地でワールドプレミア上映される。新型コロナウイルス感染症の水際対策強化により帰国後は自宅などで14日間待機することになるが、藤元監督は「こんなチャンスはない」と渡邉一孝プロデューサーらと共に自分たちの夢を賭けて現地へ向かう。
『海辺の彼女たち』は、ベトナムから外国人技能実習生として来日した女性たちの苦悩と葛藤を描いた社会派ドラマ。藤元監督は日本・ミャンマー合作の初監督作『僕の帰る場所』(2017)で法律や政治に翻弄される在日ミャンマー人家族の実話をドラマにしており、2作続けて日本の移民問題に斬り込んでいる。
難しいテーマながら、撮影では青森・外ヶ浜町が全面協力。さらにベトナムのエヴァー・ローリング・フィルムズとの共同製作で、ベトナム人キャストは、現地でオーディションを実施し、テレビキャスターや演技未経験者を抜てき。原作とスター俳優ありきの映画製作が王道の日本映画界の中で際立つ野心作だ。
SSIFFの選考委員の一人であるロベルト・クエトは「本作は日本映画ではあまり扱うことのない、日本社会におけるアジア諸国からの移民たちが直面する悲しき現実をテーマにした非常に力強い作品であると考えました。そのエネルギッシュかつ鋭い洞察は、女性キャストたちの信念と素晴らしい感情表現によってもたらされています。この映画を製作した藤元監督は、わたしたちSSIFFが支援していきたい逸材だと感じました」と高く評価している。
SSIFFは藤元監督にとっても大本命の映画祭だったという。『僕の帰る場所』は第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で作品賞を受賞している。その時の審査員の一人がSSIFFディレクター・ジェネラルのホセ=ルイス・レボルディノスだった。『僕の帰る場所』でもプロデューサーを務めたE.x.N(エクスン)代表の渡邉は「授賞式後のパーティーでお会いした時、『自分たちの映画祭でも上映したかった』とおっしゃっていただいた。ぜひ新作を申請してみようと思った」という。
理由はもう一つある。『僕の帰る場所』はオランダのシネマジア映画祭など数多くの映画祭で上映され、中国とインドネシアでは配信もされたが、海外での配給は実現できなかった。欧州の海外セールス会社に言われたのが「欧州の主要な映画祭で上映されていない映画を売るのは厳しい」との声だった。
藤元監督は「それは配給を断る方便だったのかもしれませんが、悔しかったです。その壁を越えるためにも、世界5大映画祭に数えられるSSIFFへの出品を当初から念頭においていて、申請締め切り日に間に合うよう制作スケジュールを組みました」という。
SSIFF決定の反響は大きかった。フランスなど海外セールス会社から「作品を見せてほしい」という連絡が多数届いたという。その中から中国のワン・ビン監督や想田和弘監督の作品を手がける香港のアジアン・シャドウズとの契約がこのほど成立。今後、同社が海外映画祭や海外配給の交渉を行っていくという。
渡邉Pは「日本では国際共同製作の助成はあっても低予算のインディペンデント作品の募集枠は少なく、また、海外のような編集費用などの助成はありません。そんな中でどうやってインディペンデントで道を立てられるか。国内だけでなく海外でリクープ(資金を回収)することが重要となるので、SSIFFの参加が起爆剤になればと思っています」と語った。
SSIFFでは新型コロナウイルスの影響で今年は上映本数を減らし、レッドカーペットなど人が集まるイベントを行わない縮小開催になるが、コンペティションは予定通りに実施。ニュー・ディレクターズ賞は賞金5万ユーロ(約625万円。1ユーロ=125円換算)が監督とスペインの配給会社に送られる。
ニュー・ディレクターズ部門は1985年に創設され、過去には高橋陽一郎監督『水の中の八月 Fishes in August』(1997)、ローラン・カンテ監督『ヒューマンリソース』(1999)、ポン・ジュノ監督『殺人の追憶』(2003)、奥山大史監督『僕はイエス様が嫌い』(2019)が同部門最高賞に輝いている。(取材・文:中山治美)
第68回サンセバスチャン国際映画祭は現地時間9月18日~26日開催