ハリウッドの中国びいきの問題点…自主検閲で失われた倫理観
1997年、ハリウッドでは、ダライ・ラマ14世の半生を描くマーティン・スコセッシ監督の『クンドゥン』と、反中的な犯罪スリラー『北京のふたり』が作られた。今振り返れば、信じられないことだ。後者に主演したリチャード・ギアも、昨年6月に出席した上院の小委員会公聴会で「今なら絶対に実現しない」と述べている。1995年からインターナショナル・キャンペーン・フォー・チベットの役員会長を務めるギアは、チベットの人権を侵す中国政府を堂々と批判してきたことから、中国でブラックリストに載せられてきた。中国の映画業界関係者から「君と仕事をしたらキャリアが終わる」と言われたこともある。それでもギアが信念を曲げないのに対し、同僚のハリウッド関係者は、中国に媚を売るのにますます必死なのだ。(Yuki Saruwatari/猿渡由紀)
【画像】リチャード・ギア主演、反中的な犯罪スリラー『北京のふたり』
「わたし自身のキャリアは特殊なケースであるとしても、中国の検閲と、中国市場にアクセスしたいというアメリカの映画スタジオの願望が、(アメリカによる)自主検閲を生み出し、かつてのように社会問題を語る映画が作られなくなっていることは間違いない」とギアは無念さを語る。
ハリウッドを天敵と見るトランプ前大統領は、在職中、しばしばハリウッドの中国びいきを指摘してきた。だが、このことに関しては、リベラルの中にも眉をひそめる人が少なくない。中国に気に入られるべく、意図的に中国人キャストを入れたのが明らかな例は、観客ですらいくつも挙げられるはずだ。観客の目が届かないところでは、撮影現場に中国政府のコンサルタントを呼び、検閲に引っかかりそうなことがないかチェックしてもらうということも起こっている。
昨年は、実写版『ムーラン』が騒ぎを引き起こしたりもした。Disney+でプレミアム配信された同作を見た人が、エンドロールに「新疆自治政府の治安機関に感謝を捧げます」というメッセージがあるのを見つけ、ネットで炎上したのだ。新疆ウイグル自治区は、住民の強制収容が行われ、人道上の問題が指摘されている場所である。
この件に関し、ディズニーは「この映画はほとんどニュージーランドで撮影されましたが、中国の風景を正確に描くために、中国でも20か所ほどで撮影をしました」「ロケをさせてもらった場所や国に対してエンドロールで感謝を述べるのは常識的なことです」と述べるにとどまった。
この騒動に先立ち、表現の自由を訴える団体PENアメリカは「Made in Hollywood, Censored in Beijing(ハリウッドで作られ、北京で検閲される)」という94ページの報告書を発表している。これは近年のハリウッドがいかに中国を怒らせないよう必死になっているかに、あらためて焦点を当てたものだ。この報告書でPENの研究者は「映画はビジネスだ。創造性や芸術、自己表現は大切だが、スタジオは映画を売って収益を得るために存在する。しかし、ハリウッドが作るものは社会や文化にとてつもない影響を与える。ストーリーは人の考え方に影響を及ぼす。そしてハリウッド映画は膨大な数の人たちの目に触れる。何を見せて良いかを、外国の政府が決めるのだとしたら? フィルムメーカーたちが北京の基準で作る映画を選び、実際にそれを作るのだとしたら? そのことによって、どんな商業的、芸術的、また表現上の犠牲が強いられるのかを、しっかり検証してみる必要がある」と述べた。
この報告書に気まずい思いをした業界人は、少なくないだろう。それでも、ハリウッドのスタジオが、立ち止まって今までのやり方を考え直すかどうかは微妙だ。パンデミックでアメリカの映画館がほぼ休止状態になる中、いち早く回復した中国では映画ビジネスが好調で、昨年はついに北米を抜き、世界最大の映画市場となっている。一方で、アメリカで映画館ビジネスが元に戻るのは、早くても2022年、もしかしたら永遠に同じところへは戻らないとも言われているのだ。そんな苦境の中で、ハリウッドは、正しいことをやろうとするだろうか。それは、これから公開される作品で明らかになる。