「何食べ」劇場版はシロさん&ケンジのいわば“結婚”後の物語
よしながふみの累計発行部数840万部(電子版含む)を突破する人気漫画を西島秀俊&内野聖陽のダブル主演で実写化し、反響を呼んだ連続ドラマのその後を描く『劇場版 きのう何食べた?』が公開中だ。連ドラ版では、料理上手で倹約家の弁護士シロさん(西島)が、恋人である美容師ケンジ(内野)を両親に紹介するまでが描かれたが、劇場版ではどんな物語が紡がれるのか。連ドラ版に続いて監督を務めた中江和仁に話を聞いた。
主人公のシロさんとケンジは、2LDKの住まいで暮らす恋人同士。2019年4月期にテレビ東京系列の深夜枠で放送された連続ドラマは、主演の西島と内野のキャラクターの再現度の高さが話題に。シロさんが安価な食材で手際よく作る料理のシーンや、同性カップルが直面するシビアな現実を描いた笑いあり涙ありのストーリーも反響を呼び、Twitterの世界トレンド1位になったほか見逃し配信の再生数が全12話100万回再生を超えるなど大きな反響を呼び、翌元旦にはスペシャルドラマも放送された。劇場版の制作が浮上したのは正月スペシャルの前後あたりからだという。
ドラマの最終回は、いわばシロさんとケンジの結婚式
劇場版はシロさん&ケンジのほか、原作ファンの間でも人気の高いもう一組のカップル、小日向大策(山本耕史)&ジルベールこと井上航(磯村勇斗)や、シロさんの料理仲間・佳代子さん(田中美佐子)らもドラマ版に続いて登場。新キャストとして、松村北斗演じるケンジの美容室の後輩・田渕剛も加わり、シロさんを揺るがすちょっとした騒動も巻き起こる。物語は、原作8巻に登場する京都旅行から幕を開ける。
「ドラマを作っていたときから、京都旅行のエピソードはいつかやりたいねという話はずっとありました。連ドラ版は、自身がゲイであることにクローズだったシロさんが1話ごとにステップを上がっていく話でした。1話ではケンジと一緒に歩くことにも抵抗があったのが、ケンジとケンカしたり、さまざまな人々と触れていく中で変化し、最終回では周りの目を気にしなくなっている。そうすると、2人にはこれから先にどういった足かせがあるんだろうと。正月スペシャルは、お正月だからみんなが楽しめるようなエピソードであればそれでいいと思ったのですが、劇場版になると何かテーマがないと厳しいと」
劇場版のテーマを定めるにあたり重要になったのが、ドラマの最終回の位置づけ。そこから、シロさんとケンジが「家族になる」というテーマが浮かび上がった。
「最終話でシロさんがケンジを連れて実家に挨拶しにいくというのが、いわば2人の結婚式だという位置づけをしたんですね。2人は夫婦(男性同士ですが)になったと。それから先、今度は家族になると設定してみようと。同性カップルが家族になるというのはどういうことなのか。わかりやすい形で描くのは難しいけれど目指してみようという話を、西島さん、内野さんにもさせていただいて。それは二人がこれから共に生き、老いていくということでしか表せないであろうと。読後感として、この二人が家族になったと思っていただけたら映画の筋としては正解なのではないかと考えました」
京都ロケは「映え」とリアリティーを重視
ところで、劇場版の目玉の一つが、西島&内野がスマートフォンで自撮りをしたオープニング映像をはじめとする京都ロケ。監督が実際に現地に赴き、リアリティーの感じられるルートを考えたのだという。「二人が宿泊した旅館は南禅寺の近くの八千代。なるべく原作に忠実にしようと思って水路閣などにも行っているんですけど、例えば『哲学の道』などはスクリーン映えしないんです。なので八坂の塔など、京都らしさが伝わる場所を選びました。自分が滋賀県出身で京都の予備校に通っていたりしたので、割と京都には土地鑑があって。あまり行動範囲を広げ過ぎると時間がかかってリアリティーがないので、東地域に収めるようにしました」
京都旅行では、誕生日祝いに旅行をプレゼントしてくれたうえに、ことごとく願いをかなえてくれるシロさんに対し、ケンジは幸せを通り越して不安を感じていく。2人で高台寺の竹林を歩いているときケンジの不安はピークに達し、BGMとして能囃子(のうはやし)が流れ出す。ここはケンジの妄想が膨らんでいく、かなり笑えるシーンなのだが、なぜ能囃子だったのか。
「あれは脚本に『(人形浄瑠璃の)曽根崎心中の道行である』(そのシチュエーションがまるで曽根崎心中のようだ)と書いてあったんです。そこからの発想ですね(笑)。曽根崎心中は惹かれ合う男女が心中する話で、シロさんが死んでしまうのではないかと思い込むケンジを重ねている。音楽までは指定されていなかったので勝手につけさせてもらったのですが、雅楽の凄い方が演奏してくださいました」
ちなみに、連続ドラマでシロさんの行きつけのスーパー・中村屋で流れる曲もオリジナルのもの。そうした細部の積み重ねが、ドラマ&劇場版の世界観を豊かにしている。(取材・文:編集部 石井百合子)