原作ファンの皆さまから、多くの「ゲド戦記」を熱く伝える文章を頂きました! その中から、シネマトゥデイ編集部が選んだ優秀賞、入賞者の方々の“熱い文章”を一挙ご紹介します。
小学校の終わり頃、「ファンタジー大作が読みたい」とボソッと家でつぶやいた所、数日後に親が「買ってきたよー」と手渡してくれたのが「ゲド戦記」でした。それ以来、事あるごとに読み返し、思春期のバイブルとして身近におかれていた本です。
「ゲド戦記」には、英雄は登場しません。当然、英雄が倒すべき絶対悪も出てきません。そこで描かれるのはそれぞれの人生の節目節目の象徴です。1巻は少年ゲドの挫折と再生が、2巻は自分だけの秘密を持つ事で“喰われし者”アルハが主体性あるテナーへと変わる巣立ちが、3巻では大賢人ゲドに無条件の憧憬を持つ少年アレンが人生の生き様を見通す臆病な生者へと革新しました。
まさに冒頭の『エアの創造』にある通り、この物語は「ことばは沈黙に/光は闇に/生は死の中にこそあるものなれ~」を描いているのです。
長い間、特に2巻をむさぼり読んでいた私は「これ以上の作品は出てこないんじゃないか」と不安になり3巻を読むのが怖いほどでした。その上、4巻が出たと聞いた時は期待と不安でないまぜになって混乱したほどです。
「ゲド戦記」には多くの暗喩ある象徴と、人と社会への洞察が想像力あふれる筆致で配置されています。どれか一つに片寄るでもなく、それぞれの描写と物語は渾然一体として進行し、読む側へたくさんの知的刺激を与えてくれます。12才の頃に読んだ印象は数年後には新たものに変わり、さらに今読めばより新たな発見とともに進展していきます。子供から大人まで、真摯で想像的で開放感ある読後感を与えてくれるファンタジーなぞ他にいくつあるでしょう。
当初、3部完結であった「ゲド戦記」は新たに綴られた4巻から様相が変わり始めます。原作者ル=グウィンが言う通り、1~3巻は神話時代の物語。4巻からは人の時代の物語となっているのです。
4巻は老いたテナーの視点で社会における女性の一個人の立ち位置に焦点が絞られながらそれぞれの人生が描かれます。2巻で、あれほど固い決意で未知なる人生に向き合ったテナーの半生もまた、苦難の連続であったとするル=グウィンの筆致は冷静で透徹として、さらなる深い洞察を喚起させます。続く外伝と5巻はさらにそれぞれの人格・それぞれの文化を相対化させ、ル=グウィンがたびたび言及する異文化理解・文化相対主義を組み込んだ複合的視点で社会を・人々の生活を・男女の恋を・揺れ動く人の歴史を描き出します。明らかに4~5巻はそれ以前の物語とは異なる視点を持ちながらも、その創造性・人生への洞察は、過去の「ゲド戦記」から生まれたものであり「ゲド戦記」をさらに再生発展させたものとなっているのです。30年以上を経てなお、「ゲド戦記」は現役のファンタジー文学であり、現代を見通す大いなる作品なのです!
「ゲド戦記」を読む方には、ぜひとも作者ル=グウィンのエッセイ「アメリカ人はなぜ竜がこわいか」(エッセイ集「夜の言葉 ファンタジー・SF論」岩波現代文庫 山田和子 他[訳]に収録)もお読みになって頂きたい。作者ル=グウィンが、ファンタジーをどう捉えており、「ゲド戦記」に組み込まれた野心的で革新的な要素とはなんなのか。そこにその答えが詰まっているのですから。
最後に、「ファンタジー大作」として言外に「指輪物語が欲しいなぁ」と匂わせたにもかかわらず「ゲド戦記」を与えてくれた両親に感謝。
私自身、ゲド戦記を深く正しく理解しているとは言いがたく、何から語ればよいものやら、いろいろ考えた揚げ句、私が好きな4巻について手短に述べたいと思います。
作者は4巻のタイトルを“Better Late Than Never”にしたかった……と、評論「夜の言葉」で述べています。
遅くても、何もないよりいい……これはテナーのセリフですが、3巻で完結するはずだったお話に、後から4巻をつけたことへの作者の気持ちも含まれているように感じます。
4巻の感想は、人によって大きく分かれますが、私は「回復」の物語だと思っています。人によって負わされた傷、失われた存在意義が、人との関わりによって癒されていく……。小さなひとりが大きく変容し、世界と影響しあう可能性は、時代に関係なく、発信され続けられるべきメッセージであると思います。
余談ですが、4巻タイトルの中国語訳は「地海孤雛」といいまして、翻訳者の愛情が感じられる、個人的にとても好きな訳です。国や言語を越えて、ゲド戦記が世界中で愛され、受けとめられていることを、いちファンとして嬉しく思います。
これはファンタジー文学ですが、根底にあるのは現代にも通じることです。「ゲド戦記」のアースシーの世界には、“平和”と“繁栄”だけの理想の世界があるわけではなく、“暴力”も“貧困”もある世界。それだけでなく、男女の差もある。単に“善”と“悪”で分けられる内容ではないのが、ほかのファンタジーとは違う点。
登場人物たちを通して描かれる、人が成長するにつれ、身に着ける知恵や力、それをどう生かすのか?自らの愚かさから“影”を呼び出してしまいそこから長い旅が始まるゲドは、ヒーローとしては描かれていないし、むしろ普通の人間。長い旅で出会う人たちや経験を通してぶつかる壁、疑問。生きるって何? 生きていくとき、何を選択するのか? 何を選択しなければならなかったのか?
文字にすると、堅苦しい人生論になるけれど、それをファンタジーの世界で描くことで子どもから大人まで読めるものになっています。ちょっと長いけど、ぜひ原作を読んでない人には読んでもらいたいです!
中学1年の男子です! ゲド戦記は、映画を観る前からすげー好きで読んでました!
おれはやっぱり、ハイタカの物語が好きです。ゲドもかっこいいけど、ハイタカと魔法学校の話はハリポタよりも、大人っぽくて読みごたえがあるし、何よりも、男が読んでかっこいいと思えることがサイコーです。大人になってゲドになっても渋くて、かっこいいけど、1回映画を観てから本を読むと、想像しながら読めたりできて楽しいと思う。本当は、ゲド戦記っていうから、戦い系の話かと思ってたのにぜんぜん違ったけど、なにげにはまって全部読んじゃいました! ぜったいハリポタより楽しいから、みんなに読んでほしい! 真の名とか、そういうのが出てくると、宮崎駿がどんだけ影響受けてるかも分かると思います!
喜びも悲しみも、強さも弱さも全てこのなかにある。無意識に持っている人間としての汚さや、見過ごしてしまいそうな小さな善意を積み重ねてこの物語は出来ている。人生の良い面だけを見せるわけじゃなく、悪い面ばかりを見せるわけでもない。龍や魔法が出てくるのに、違和感なく読者をアースシーに引き込んでしまう。大人になってから読み返すと、幼かった頃に見えなかった真髄が見える。
それから彼らはどうなったの?
子ども頃の問いかけの答えを永遠に探していく。ゲド戦記は永遠に続く、人の物語だ。
このほか、“熱い文章”をお寄せていただいた皆様、
本当にありがとうございました!
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