サードシーズン2010年9月
私的映画宣言
『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』で来日したブラッドリー・クーパーを取材。お疲れ気味だったのか、ナオミ・ワッツの名前が出てこなくて、「ほら、あの、リーヴ・シュレイバーの……」と言っていた彼にかなり親近感を覚えました。
●9月のオススメ映画は『おにいちゃんのハナビ』(9月25日公開)。涙が止まる暇がなく、頭が痛くなるほどなので要注意。
年末刊行予定の翻訳書がひとまず脱稿間近。というわけで、夏休みがてらニューヨークに行ってライブざんまいしてきます。もちろん、現地で仕事もしてきます……。
●9月のオススメ映画は、何度観ても飽きないシュールの極致! 『エル・トポ-製作40周年デジタルリマスター版-』(9月25日公開)。
最近大企業の社長、大学の準教授など、もちろん映画にまつわっての人選だけど、俳優&監督じゃない人を取材する機会が増えた。いつものロジックが通用しない場面もあって、初心に戻ったような緊張感が新鮮でした。
●9月のオススメ映画は『TSUNAMI-ツナミ-』(9月25日公開)。
悪人
西川美和、熊切和嘉に続き1974年生まれの監督は優秀。李監督は高校生の母親バット殺人事件をモチーフにした『BORDER LINE』で加害者の心理に迫ったが、今回は事件に係わったすべての人物の心の闇を浮かび上がらせるという難題に成功。原作の力もあるが、どの人物に感情移入するかで事件の見方が変わってくるという骨太な人間ドラマに仕上がった。この勢いで、製作が中断している村上龍原作「半島を出よ」の映画化が進行することを祈る!
妻夫木聡が好青年色を払しょく? 穏やかな印象の彼が無表情なだけで背筋が凍るような恐怖感。原作のイメージにもぴったりと合わせてきて、年齢すら自在に見える。ただやっぱり普段のイメージがあるので、「きっといい人に違いない」と見えてしまうのは、この作品にとって、プラスなのか、そうじゃないのか。逆にメイン二人よりも満島ひかりと岡田将生は、まだまだ新鮮。迷いのない演技にくぎ付け。今が旬の勢いを感じずにいられない。
某キャラクターが車中からけり出されてガードレールに「顔面からこんにちは」する、韓国映画ばりの鬼畜シーンを筆頭に、衝撃度の高い濃厚サスペンスである。キャストがキャストなだけに、結果的に個性キャラが入り乱れてしまい、話が拡散するため焦点が若干ずれるのが難。クライマックスで、それぞれのドラマを一気に詰め込むのは強引かと。ヘビーな話をドラマで中和する狙いがあったのはわかるが……。誰が悪人なのか? 悪人の定義とは何なのか? その判断は、観る者に委ねられた。
人気スターが汚れ役に挑戦といっても、しょせん限界があると思ったが、さにあらず。金髪頭のブッキーは図らずも殺人犯となり、逃亡を続ける男の心のうちを体現。濡れ場もきっちりやってみせた深っちゃん(深津絵里)。何より被害者・満島ひかりのビッチぶりに、岡田将生の足げりシーンにはファンが卒倒しないかと……。が、そんなマジ演技があればこそ、単純には割り切れない人間の善悪に思いをめ巡らすことになる。今年の賞レースはこれが持っていくんでしょーかねー。
人間の二面性をゆらゆらと描きながら、その本質をガツン! じゃなく、ジワジワとボディーブローのような遅効性の痛みと共に提供する李相日監督に絶賛の嵐が予想され、また妻夫木本人、転機にしたかった作品だけに気合十分の演技で、なるほど確かに別人。テーマも秀逸で本当は10点付けたいけれど、悲し過ぎるのでマイナス1。
終着駅 トルストイ最後の旅
『Dr.パルナサスの鏡』のクリストファー・プラマーと、『クィーン』のヘレン・ミレン共演の希有(けう)な愛の物語。ロシアの文豪トルストイとその妻の晩年をさまざまな角度からとらえる。この物語のキーマンとなる理想に燃えたトルストイの若き助手を、『ウォンテッド』のジェームズ・マカヴォイが好演。大作家の一番弟子と、一般的には悪妻として知られるトルストイの妻の確執と共に描かれる、年老いた夫婦の長年にわたる強いきずなに心動かされる。
[出演] ヘレン・ミレン、クリストファー・プラマー、ジェームズ・マカヴォイ
[監督] マイケル・ホフマン
試写を観たのがちょうど宇多田ヒカルが休業宣言したとき。偉大になり過ぎると取り巻きが増えて、周囲の喧噪(けんそう)も大きくなる。トルストイが最後に家出をしたのもわかるわぁ……としみじみ。その一部始終を、トルストイの番記者が密着し、家の前で臨終の場面までと張り込みしていたことが興味深い。同じ取材する側なので、ついそっちに目がいってしまうのよね。彼らが撮った本物のトルストイの映像がエンディングロールで流れるので要チェック!
ヘレン・ミレンがとにかくチャーミング。13人も出産しても、まだまだ夫が大好きという少女のようなキャラのソフィヤを絶妙なバランスで成立させている。歴史で語られる通りに悪女ではあるが、人間的にとても魅力的な人物として描かれているのがいい。トルストイがうんざりしながらも離れられないのも納得だ。やはりいくら天才でも、これくらいぶっ飛んだ奥さんがいないと、いい作品を作り上げられないのだなと妙に感心してしまった。
愛する妻から逃亡するための家出の途でこの世を去ったトルストイ。その皮肉な運命を描いた自伝的作品。劇中、本作の主役ともいえる妻のエキセントリックな奇行が顕著だが、実はトルストイも妻に負けず劣らずだったのでは……と邪推してしまった。文学界の巨匠夫妻の晩年の愛と、トルストイ主義を信奉する初々しいカップルのポジティブな恋の始まりをうまく交錯させ、対比させた繊細なラブストーリーとしても堪能できる。一つの時代の終焉(しゅうえん)と、幕開けを目撃せよ。
夫婦のことは、当の本人たちにしかわからない。が、文豪トルストイと、世界三大悪妻と言われた妻ソフィヤという世に知られるおしどり夫婦を通して、普遍的な夫婦の愛を描く。実際にロシア貴族の血を引くヘレン・ミレンが、いわゆるツンデレな妻を演じ、トルストイを振り回す。80歳で現役の俳優クリストファー・プラマーが神様扱いされる文豪を人間臭く演じ、とてもチャーミング。愛を交わしケンカもする二人を見守る秘書にふんしたジェームズ・マカヴォイ。彼の澄んだ青い瞳が印象的で清らかだ。
トルストイの最後の旅の実情、世界三大悪妻の真実の姿はコレ! とか、ファンには観る価値アリのエピソード満載かもしれないけれど、トルストイ夫婦という巨大看板をバリバリはがせば、乱暴に言っちゃうと熟年離婚のような、よくある夫婦のお話。つまり人間(夫婦)ドラマとして秀逸なわけで、世の夫婦は共感しながら鑑賞するはず。まあ悪妻というなら、わが子を虐待や放置で殺す鬼畜のような母親の方がよっぽどだと思うが。
十三人の刺客
工藤栄一監督のオリジナル版の面白さはそのままに。そこに天願大介のシビれるようなセリフの数々と、三池崇史監督のキレあるアクションと笑いが加わって、娯楽大作として見応えアリ。中でも暴君役の稲垣吾郎! 最近、「SMAP×SMAP」の「本当にあった恋の話」で鬼畜役で開眼した吾郎ちゃんだが、やっぱり悪役の方が似合う。これまでの出演作の中で、初めて吾郎ちゃんが「生きている」って感じ。ただ上映時間2時間21分はちと長い。
冒頭から描かれる斉韶の暴君エピソードがすさまじい。いきなり気持ちをわしづかみされ、暗殺されて当然な気持ちに。ただし、さすが三池監督の卒倒しそうな残虐シーン連発なので女子は要注意か。クライマックスの宿場での対決シーンまでかなりのスピードでぐいぐい引っ張っていくので、2時間21分もあっという間。『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』ではこの世のものとは思えぬ美しさだった伊勢谷が今回は真逆の汚れキャラ。死にゆく美学を貫くお侍に紛れ、ただ一人、生きることに執着する山賊役はまさにおいしすぎる。
『オーディション』『インプリント ぼっけぇ、きょうてえ』の三池崇史&天願大介という、やんちゃな極悪コンビの最新作である。そりゃバイオレントですよ。ブルータルですよ。といっても、ただ野蛮なだけではなく、ハイ・クオリティーで志の高い、武士道精神と侍魂を描いた壮絶な一大エンターテインメントに昇華されているのだ。もちろん、三池監督お得意の黒いユーモアも遊び心も健在。最後の合戦は冗長でまとまりに欠けるが、逆にいうと妥協せず徹底的にすべてをやり尽くしており、これ以上ない満腹感を得られるのだ。
チャンバラ時代劇好きとしては、冒頭の切腹シーンから前のめり状態で見入った。こんなの久々っ! オリジナルを踏まえてはいるが、刺客それぞれのキャラも掘り下げられ、死にゆく瞬間にもドラマがある。三池監督らしいグロい笑いはご愛嬌(あいきょう)。しかし、改めて驚いたのは、バカ殿にふんした稲垣ゴローちゃんのハマりっぷり。この極悪非道ぶりがあればこそ、50分の死闘も萌える。「斬(き)って、斬って斬りまくれぇー」の号令をCMで聞くたび、わたしゃ全身アドレナリンが駆け巡ります!
とにかく300人ぐらいが斬(き)られて死ぬわけで、後半戦は観るほうも体力が要る大活劇に満腹だが、三池監督らしいカメラアングルやエロ・グロ度、ギャグ的な要素が、幕末の時代劇の世界に違和感なくハマッていて、リメイク作業ながら巧みに自己主張を成功させた好例。ドラマ「踊る大捜査線」のころから稲垣吾郎は悪役が似合うと思っていたけど、自ら悪を自覚しながらも、情けがまるでない殿を怪演していて実は一番オイシイのではと思ってしまった。