サードシーズン2011年8月
私的映画宣言
打ち水から立ち上るアスファルトのにおい、風鈴の音、氷アイスのサクサク感。こういう事象に柄にもなく小さな幸せを感じるのは、こんな時代だからか!?
●8月公開の私的オススメは、心ある良作『未来を生きる君たちへ』(8月13日公開)と、心はないがいろいろな意味で下心を喜ばせる『ピラニア3D』(8月27日公開)。
久々に夏のニューヨークに上陸。相変わらず無料の野外ライブざんまいで歓喜したが、ひたすら暑かった……。映画では、マリリン・モンローやジュディ・ガーランド、ダン・オバノン監督の特集上映で、レアな旧作をプリントで観られて感無量。
●8月公開の私的オススメは、『ゴーストライター』(8月27日公開)。
勝手に鉄道仲間だと親近感を覚えていた原田芳雄さんが亡くなり、「タモリ倶楽部」を再見する日々。9月の欧州旅行は芳雄さんを追悼し、移動はすべて鉄道に決定。ミラノ→バルセロナ14時間の旅。
●8月のオススメ映画は、『行け!男子高校演劇部』(8月6日公開)。
デューク・エリントン・オーケストラのコンサートへ。終盤で地震があり、観客はざわめくも壇上では変わらず演奏は続く。故エリントンは1964年の新潟地震の際に募金活動を行った新潟市の名誉市民で、今回も震災で被災したジャズバンドのメンバーに義捐金を手渡していた。日本に来てくれて本当にありがとう!
●8月公開の私的オススメは、『未来を生きる君たちへ』(8月13日公開)。スサンネ・ビア監督が描く女性像がいつも苦手だったが本作は男性&子どもの視点なのが
ツリー・オブ・ライフ
前半のアーティスティックな映像には少々、付いて行けなかったが(観ていたら、何か観えてくるのかもしれないけど、まだそこまで至れなくて、すみません)、淡々と描かれる父とのエピソードは素晴らしく感動的。説明がほとんどない分、観る人たちが各自、自分と父、あるいは自分と子どもの姿を重ね合わせられるはず。監督の極めて個人的なエピソードが、観客たちのこれまた最も個人的な思いの扉を次々と開けてしまうマジックに心、震えた。
監督が監督だから体調万全、心構え完ぺきで向き合ってみたものの、これは一体何? というぐらい想像を超えていた。ドラマをいきなり分断し、地球史やら大自然やらネイチャー・ドキュメンタリー的な映像の延々とした挿入に気が遠くなる。やっとドラマのパートに戻ったと思ったら、せっかん親父と反抗息子の葛藤が恐ろしく荘厳な音楽に乗って描かれ、神と父、2人のファーザーの意味を問う……って正直、理解不能。ある意味、すごい映画ではあるが、「楽しませてもらおう」的姿勢ではなく、必死に食らいついて何かをくみ取ろうとする、そういう方にのみオススメ。
もはや生きる伝説といえる、寡作な映像作家テレンス・マリック待望の新作。過去作同様、詩的で究極的な美を放つ映像マジックは健在どころか加速気味。十八番(おはこ)である哲学的テーマは、人類どころか地球の起源まで描くなどハードコアな飛躍を見せ、その業の深さに思わずひれ伏したくなる。マリック作品になじみがない人には、やや排他的なきらいもあるが、唯一無二の壮大なマリック一大絵巻の集大成ともいえる記念碑的作品だ。しかし、ブラッド・ピットとショーン・ペンの役柄を逆にしたほうがしっくりきた気がする……。
テレンス・マリックだし、カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作だし褒めなきゃいけない空気があるが、わたしゃダメだ。宇宙論的話と、1950年代の田舎町を舞台にした小さな家庭の話を強引に結び付ける展開が。ブラピ父さんのドSぶりがさく裂する家族物語は興味深いが、その割に意外にあっさり生きざまを反省。改めて、アキ・カウリスマキの『Le Havre(原題) / ル・アーブル』かミシェル・アザナヴィシウスの『The artist(原題) / ジ・アーティスト』にパルムをあげたかったとカンヌでの残念な気持ちがよみがえってきた。
うさぎドロップ
親でもない独身男性が子どもかわいさに引き取ってしまう、こっちが先だろうけど、ドラマ「マルモのおきて」と似たようなエピソード。しかも愛菜ちゃん。とはいえ、孤独な少女を演じる愛菜ちゃんは「マルモのおきて」とは別物で、松ケンも押され気味の憑依(ひょうい)っぷりだった。これまで世の中的には「かわいいと思うだけでは子育ては無理」という認識だったはずだが、「マルモ」といい、本作といい、現在の子育ては「かわいいから子育てだって頑張れちゃう」というのが新常識なのか。
タイトル通り、とってもかわいらしく、子役の女の子の存在をうまくとらえていると思う。子どもを抱いて走るシンドさを知る身としては、松ケンの熱演にもうなった。一方で、一つ気になったのが、劇中で養護施設のおばちゃんが言う「子育ては、『かわいい』だけじゃないのよ!」という叱責に対する、主人公の「答え」が見えてこないこと。その場面が緊張を強いるものだった分、ほのぼのとした結末に、煮え切らないものを感じる。「癒やされる」ことの先の何かを見たかったのだが……。
「うさぎ」と聞くと、『危険な情事』を思い出す。不倫相手に捨てられたグレン・クローズが、かわいいうさぎを鍋でグツグツ煮込んで殺すあれだ。まだイノセントだった(多分)思春期に観た小生には、なかなかトラウマなシーンだった。好奇心は猫をも殺すというが、情事はうさぎを殺すのだなあ、ということを教えてくれた。で、『うさぎドロップ』。本作にうさぎは出てこない。子どもが観てもトラウマの心配はナシ。しかも主人公は心の声もメールの内容もすべて口述してくれるので、目を閉じていても話がわかる親切設計! すごいね!
ハンナ
『つぐない』で第80回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたシアーシャ・ローナン主演のバイオレンス・アクション・ムービー。幼少のころから父親に相手を殺すための手段しか教わらなかった16歳の少女ハンナと、彼女を追うCIA捜査官との追走劇を描く。監督は、シアーシャと再びタッグを組んだ『つぐない』のジョー・ライト。ハンナを執拗(しつよう)に追う捜査官を、『アビエイター』『エリザベス』のケイト・ブランシェットが演じる。これまでのかわいらしい少女のイメージとは違い、冷酷なヒロインをスタイリッシュに演じるシアーシャの立ち居振る舞いに注目だ。
[出演] シアーシャ・ローナン、ケイト・ブランシェット
[監督] ジョー・ライト
演技力だけでなく、身体能力も高かったシアーシャ・ローナン。まだ女性っぽい体つきになっていない、中性的な細身の体が無駄な説明を一切しない映像にマッチしていて、スタイリッシュ。旅の途中で知り合うお友達がまたあまりにも対照的に無駄だらけで、エピソードが映える。弟役の子役の演技もぐっときた。『つぐない』でも面白双子とこまっしゃくれた姉を出していたが、ジョー・ライト監督はインパクトある子役の発掘がうまいなあ。
『つぐない』など、ジョー・ライト監督の過去作のファンにはテーマ的な重みがない本作は嫌われるかもしれないが、クールなアクション映画であることに疑問の余地ナシ。ジェイソン・ボーンばりのアクションを披露する俳優陣の頑張りもさることながら、毎回多彩な技巧を試みる監督も素晴らしい。空港を出て地下鉄に入り地下鉄でのファイトに至るまでのワンカット撮影が醸し出す緊張の高まり、肉体vs.肉体のスローモーション映像の熱気、手持ちカメラ撮影でカットを目まぐるしく変わる屋内格闘シーンの興奮。コトバではなくカラダにモノを言わせる映像術。すべてのアクション映画は見習うべきだ。
大自然の中で育てられた少女アサシンが主役のドラマチックで華麗なアクション・サスペンス、しかもSF風味のフェアリーテール。と、さまざまな要素がバランスよく詰まった独創的なマスターピース。キャスティングの妙、秀逸な脚本、スマートな演出、洗練されたカメラワーク、そしてアドレナリン分泌を促すビートの効いた音楽と、オープニングからラストまで一瞬たりとも目が離せない。過酷な運命に直面するイノセントな殺し屋を完ぺきに演じ切ったシアーシャ・ローナンは、今最も注目すべき天才女優だ。シリーズ化を熱望!
やるね! 監督。文芸大作から一転のアクション・サスペンスに挑んで驚かしてくれただけでなく、アクションそのものもイケてます。『ボーン』シリーズのスタント・コーディネーターのおかげもあるが、主演のシアーシャちゃんをはじめ、みんなの走り方を見る限り、身体能力はそう高くないはず。でも映像マジックでそれなりに見せちゃうんだもん。サスペンス部分に多少ツッコミあれど、若き暗殺者シアーシャちゃんの魅力でOK! キャストも何げに豪華。
シアーシャ・ローナンは、『つぐない』より『ラブリーボーン』の方がより魅力的だと思ったけれど、監督のジョー・ライトは本作で不思議な雰囲気をまとう彼女の良さを余すところなくとらえることができたと思う。アクションもスマートにこなすハンナを見るだけでも十分楽しい。物語は新世代の『ニキータ』であり『レオン』だが、もう少し父親エリックとCIA捜査官マリッサの過去のエピソードが描かれるとより面白くなったのでは。