第31回 マラケシュ国際映画祭(モロッコ)
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第31回 マラケシュ国際映画祭(モロッコ)
アフリカ・アラブ圏で最大級の規模を誇るモロッコのマラケシュ国際映画祭。第14回大会(2014年12月5日~13日)は日本映画を大特集。是枝裕和監督を団長に、16人の日本映画代表団が参加した。そのメンバーの一人、廣木隆一監督がレポートします。(取材・文:中山治美 写真:廣木隆一)
王室が全面バックアップ
2001年にモロッコ王モハメッド6世の発案で映画祭がスタート。ムーレイ・ラシッド王子を映画祭総裁に据えて、ニューヨークで同時多発テロ事件が起こった直後の12月に開幕した。国教であるイスラム教への風当たりが強かった時期だが、むしろ今こそ人種や宗教を超えて文化で世界が一つになるべきではないかと開催に踏み切ったという。他の中東の映画祭同様、自国の若手監督への支援が手厚く「Cinecoles」と題した若手コンペティション部門の賞金は30万ディルハム(約383万円。1ディルハム=約12.79 円計算)が次回作への資金として贈られる。
しかし何より毎年参加者が豪華で、第13回はメインコンペの審査員にマーティン・スコセッシ監督を筆頭にファティ・アキン監督、パク・チャヌク監督、パオロ・ソレンティーノ監督、フランスの女優マリオン・コティヤールらをそろえて世界中の映画人の羨望(せんぼう)の的となった。第14回はフランスの女優イザベル・ユペールが審査委員長を務めた。
盛大なセレモニー
同映画祭では毎年、国や地域をフィーチャーした特集上映を行っている。第12回はインド、第13回はスカンジナビア地域と続き、今年は日本。戦後を代表する映画監督の作品を1作ずつ(三池崇史監督のみ2作)集めたもので、今年は25監督の26作を上映。廣木隆一監督の膨大なフィルモグラフィーの中からは『ヴァイブレータ』(2003)が選ばれ、現地入りした是枝裕和監督らと共にセレモニーにも参加。審査委員長のイザベル・ユペールから記念の盾が授与された。「会場には王族の方も来られるので、礼服を着用してリハーサルも行ってと、王室の権威を感じました。一方、現地入りしたメンバーも、新作を撮影中の黒沢清監督と留学中(文化庁の新進芸術家海外研修制度)の熊切和嘉監督はフランスから参加。英語が堪能な中田秀夫監督は講義も行っていた。カッコイイですよね。日本の映画監督も国際的になったと思います。もっとも俺は渡辺真起子、渋川清彦、安藤サクラらと一緒にツルんでいました。モロッコにいても、東京で飲んでいるメンバーと変わらない(苦笑)」(廣木監督)。
人気はアメリカ&インド映画
同映画祭は第2回で行定勲監督『GO』が最優秀作品賞と最優秀男優賞(窪塚洋介)を受賞し、第13回では是枝監督の特集上映も行われるなど、日本映画との縁は深い。だが廣木監督が『ヴァイブレータ』の上映会場をのぞくと、観客は8人程度……。「平日の11時という上映時間も影響していたと思うのですが、やはり現地で人気があるのはハリウッドとボリウッド。他の作品は、大概海賊版のDVDで観るとか。野外スクリーンで上映されていたのも『ダイ・ハード』だものなぁ(苦笑)」(廣木監督)。
ただし、各監督の代表作ともいえる作品選定といい、これを全部観れば戦後日本映画史を把握できるような企画そのものは非常に評価しているという。「恐らく『ヴァイブレータ』を選んだのも、ベネチア国際映画祭に選出され、自分の作品の中では最も海外で知られた作品だからでしょう。日本映画といえばアニメの印象が強いと思うが、こういう劇映画もあるんだよということを示せたと思います」(同)。
撮影所見学へ
滞在中は映画祭参加者全員で、約200キロメートル離れたワルザザートにある撮影所「CLA STUDIOS」を見学。モロッコでは国を挙げてロケ誘致を行っており、同所ではリドリー・スコット監督『キングダム・オブ・ヘブン』(2005)が撮影された。そのほか、『スパイ・ゲーム』(2001)に『バベル』(2007年日本公開)そしてトム・クルーズの新作『ミッション:インポッシブル』第5弾のロケ地もモロッコ。国の働き掛けが実を結んでいるようだ。「砂漠の中にある撮影所で、映画祭がチャーターした飛行機で行くんだもの。スゴイよね」(廣木監督)。ちなみに、モロッコでの撮影に興味があるかというと「まっ、撮らないね」(同)とあっさり。
機内でモロッコのお勉強
今回、廣木監督はエミレーツ航空を利用し、ドバイ経由でマラケシュ入り。「機内で、フランス占領下のモロッコを舞台にした『カサブランカ』(1946年日本公開)を観賞しました。街の雰囲気ぐらいはつかめたかな(笑)。ただ、ドバイの空港で6時間のトランジットはキツかった」(廣木監督)。宿泊代(3泊)&航空代共に映画祭の招待で、年長者の廣木監督には五つ星ホテルのスイートルームが用意されたという。「その分、レストランの値段が高くて困った」(同)。
怒涛(どとう)の3か月連続公開
昨年から廣木監督は『さよなら歌舞伎町』(公開中)を引っ提げて、トロント国際映画祭、釜山国際映画祭に参加。今後も香港国際映画祭、配給の決まったウディネ・ファーイースト映画祭(イタリア)と映画祭を回る。「なかなか他の作品を観る時間はないけど、釜山で観たウクライナ映画『ザ・トライブ』(4月18日日本公開)は面白かった。ろうあ者が主人公なので、ある意味サイレントと一緒。こんな表現もあるのかと驚きました」(廣木監督)。
そうして映画祭を回っていると、その年の傾向も見えてくるという。「父子モノが多いなと思いますね。だからといって、自分がそのテーマに挑もうとは思わない。人は人、俺は俺」(同)。
今年はさらに、『娚の一生』(2月14日公開)、『ストロボ・エッジ』(3月14日公開)と公開作が相次ぐ。世界に名が知られるようになってもブレないこの姿勢。それが職人監督・廣木隆一の魅力なのだ。
【トリビュート・ジャパニーズシネマ上映作品一覧】
1955年公開・以下同 『浮雲』 成瀬巳喜男監督
1956年 『赤線地帯』 溝口健二監督
1960年 『秋日和』 小津安二郎監督
1960年 『裸の島』 新藤兼人監督
1962年 『切腹』 小林正樹監督
1966年 『けんかえれじい』 鈴木清順監督
1980年 『影武者』 黒澤明監督
1983年 『戦場のメリークリスマス』 大島渚監督
1988年 『AKIRA』 大友克洋監督
1993年 『ソナチネ』 北野武監督
1999年 『M/OTHER』 諏訪敦彦監督
2000年 『オーディション』 三池崇史監督
2000年 『BULLET BALLET バレット・バレエ』塚本晋也監督
2001年 『EUREKA ユリイカ』 青山真治監督
2001年 『Avalon アヴァロン』 押井守監督
2001年 『千と千尋の神隠し』 宮崎駿監督
2001年 『赤い橋の下のぬるい水』 今村昌平監督
2002年 『仄暗い水の底から』 中田秀夫監督
2002年 『自殺サークル』 園子温監督
2003年 『ヴァイブレータ』 廣木隆一監督
2004年 『誰も知らない』 是枝裕和監督
2006年 『ゆれる』 西川美和監督
2008年 『トウキョウソナタ』 黒沢清監督
2010年 『十三人の刺客』 三池崇史監督
2010年 『海炭市叙景』 熊切和嘉監督
2014年 『2つ目の窓』 河瀬直美監督
写真:廣木隆一
取材・文:中山治美