第39回 発掘&修復で旧作を未来に受け渡す!国際映画遺産フェスティバル(ミャンマー連邦共和国)
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第39回 発掘&修復で旧作を未来に受け渡す!国際映画遺産フェスティバル(ミャンマー連邦共和国)
映画がフィルムからデジタル時代へと移行し、修復技術も飛躍的な進歩を遂げていく中で、旧作の発掘と修復への関心が高まっている。そこで2013年、通称「メモリー!」こと国際映画遺産フェスティバルが誕生。第3回大会(2015年5月29日~6月7日)は、民主化が進むミャンマー連邦共和国の旧首都ヤンゴンで開催された。同映画祭に招待された東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員・岡田秀則さんがリポートします。(取材・文:中山治美 写真:岡田秀則、国際映画遺産フェスティバル)
映画を救え!
「メモリー!」の第1回は、2013年にカンボジアのプノンペンで開催された。中心となっていたのが、映画『消えた画(え) クメール・ルージュの真実』(2013)で知られるリティ・パニュ監督。パニュ監督は、ポル・ポト政権時代に失われた映像の発掘やデジタル保存活動を行っており、それらの映像資料を収集・公開する「ボパナ視聴覚リソースセンター」の代表も務めている。映画祭の開催は、自国の現状を踏まえて、国内外に映像遺産の重要性を訴えるという目的があったようだ。第2回もカンボジアで開催され、そして第3回は、1962年の軍事政権成立から49年間鎖国状態にあったミャンマーが開催地となった。「映画祭は、カンボジア開催時からフランス政府がサポートしています。ミャンマーも軍事政権下は自由な文化を築きそれを継承するには厳しい時代だっただけに、映像遺産を顧みる機会を作る意味はあると思います。また同時に、民主化支援の意味もあるでしょう」(岡田さん)。今年は約1万5,000人を動員した。
テーマは「女性」
映画祭のメインは、世界中から集められた名作54本の上映。今年は「女性」がテーマで、オープニング作品はフランソワーズ・ドルレアック&カトリーヌ・ドヌーヴ姉妹が主演した『ロシュフォールの恋人たち』(1966)ほか、ジョセフ・L・マンキウィッツ監督『イヴの総て』(1950)、フェデリコ・フェリーニ監督『甘い生活』(1959)、『ティファニーで朝食を』(1961)など名作がズラリ。
「ミャンマーは長い間、国を閉じていたので、それらの作品を知らない人も多いでしょう。彼らに欧米の名作を一気に観せてしまおうという試みは面白い。しかも全作品入場無料です」(岡田さん)。
アジア映画も充実している。日本からは藤純子(現・富司純子)主演の『緋牡丹博徒』シリーズや、失踪(しっそう)した婚約者を捜す一般人女性を主人公にした問題作『人間蒸発』(1967)というなかなか刺激的なラインナップ。さらに中国のキン・フー監督『大酔侠』(1966)のチェン・ペイペイ、シンガポール映画『ゼイ・コールド・ハー...クレオパトラ・ウォン(原題)/They Called Her...Cleopatra Wong』(1978)に主演したマリー・リー、『グリーン・デスティニー』のミシェル・ヨーとアジアを代表する新旧アクション女優3人をゲストとして招き、ステージ上で共演させるという粋な演出も用意した。
「ディレクターがフランス人なので全般的に欧州の映画マニアっぽい作品選択でしたが、国ごとにバラバラだったアジアの遺産を集め、国際的な場で披露し、再発見してもらう良い機会になったのではないかと思います」(岡田さん)。
ほかワークショップやマスタークラスも実施。講師として、フランスの女優カトリーヌ・ドヌーヴやミシェル・ヨーなどが登壇した。岡田さんも講師を務め、今年のテーマにちなんで、欧州映画の輸入に尽力し、日本の映画保存の基礎を築いた川喜多記念映画文化財団・元理事長の故・川喜多かしこさんの映画人生を紹介した。
映画ミュージアムへ
映画祭の合間を縫って、岡田さんはミャンマー映画協会が運営しているミャンマー映画博物館を見学したという。日本にはこれまでなかなかミャンマー映画が上陸する機会はなく、昨年の東京国際映画祭で、1972年製作の『柔らかいステップ』が上映されて話題になったばかり。しかし11月3日には東京・渋谷のアップリンクでミャンマー映画祭2015が開催されるなど、じわじわと広がりを見せている。
「ミャンマー映画は、国内産業としてはかなり発展していました。それは軍事政権時代、外国文化の流入を警戒して自国映画で国民の娯楽を賄っていたという事情もあったと推測しています。1980年代には年間80本ほど製作していたそうです。ただ保存に力を入れていなかったため、現存しているものは主に国内での受賞作と政権の製作した映画に限られています。そこでこれから、近年できた民間のヤンゴン・フィルム・スクールを中心にミャンマー全体のフィルモグラフィーを作成する予定で、そこから何が残っていて何が失われたのかを調査していくことになります」(岡田さん)。
ゆえに博物館で展示されているのは、ミャンマー映画史を彩ってきた俳優や監督たちの写真や、ポスターや広告などの宣伝素材。これらが貴重な映画資料となっているという。
「ただ、初期の映画を失っているのはミャンマーに限ったことではなく、日本も含めアジア各国同様です。映画大国フィリピンにも近年ようやくフィルムアーカイブが設立されました。そこから、どんな貴重な作品が発掘されるのか? 今後さらに東南アジアの映画界が、面白いことになっていくかもしれません」(岡田さん)。
ちなみに「メモリー!」の第4回大会が、来年、同じくミャンマーで開催されることが決まっているという。
日本の現状は?
本映画祭のように、旧作を再発見しようという動きが世界的に広まっている。カンヌやベネチアといった三大映画祭でもデジタル修復された旧作の上映が必ずあり、サイレント映画を上映する無声映画祭なども盛んに行われている。
「そうした試みで、初期の映画がその質の高さがさらに見直され、保存への理解が深まってきています。今後はその映像遺産の継承をいかに進めていくかが各国の大きな課題となっています」(岡田さん)。
岡田さんが所属している東京国立近代美術館フィルムセンターでもフィルムの収集・保存・復元に力を入れており、国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)と共にフィルムを破棄せぬよう映画関係者などに呼び掛けている。そこから今後、どんなお宝が出てくるのか楽しみだ。
写真:岡田秀則、国際映画遺産フェスティバル
取材・文:中山治美