第88回アカデミー賞作品賞候補の8作品スゴイのはココ!<前編>
第88回アカデミー賞
去る1月14日(現地時間)、世界中が注目する1年間の映画の締めくくりともいえる第88回アカデミー賞のノミネーションが発表されました。2年連続で俳優部門に白人しかノミネートされなかったことが話題になったりと波乱含みの今年のアカデミー賞ですが、作品賞にノミネートされた作品は1,800円払って観ても損のない品質保証映画ばかりであることは間違いありません。ただ、多くは日本ではまだ劇場公開されていない映画のため、作品賞にノミネートされた作品のいったいどこが優れているのかを先取りでご紹介いたします。(編集部:下村麻美)
ものすごい緊張感!これぞスピルバーグ映画の真骨頂!『ブリッジ・オブ・スパイ』
テレビドラマでは失敗が続くスティーヴン・スピルバーグ監督ですが、やっぱりスピルバーグ監督はすばらしい映画監督だと、いまさらながらしみじみと実感する作品。冷戦時代、ソ連のスパイ容疑が掛けられた人物と、周囲に大バッシングされながらもその人物を弁護する弁護士のスリリングでありながらハートウォーミングでもあるという脚本と演出が絶妙なバランス。
スゴイのはココ!
やっぱりスピルバーグ監督は映画がスゴイ →往年のスピルバーグ映画のお約束でもある一難去ってまた一難という映画的シチュエーションが時を忘れさせる卓越した演出で「巨匠の技」を見せつける。
コーエン兄弟の脚本→人物の言葉や間が絶妙。シリアスな内容であるにもかかわらず、ちょいちょい挟まるシニカルな笑いがなんともいえないバランス。何気ない二人のおじさんの会話だけでも十分見せ込む名脚本。
トム・ハンクスがいいのは当たり前!もう一人のおじさんに注目→ソ連のスパイ容疑がかけられたアベル役のマーク・ライランスの、すっとぼけたようなそれでいて強固な意志を表現する演技は敵国のスパイというスタンスでありながらもこの人物のキャラクターを見事なほどに愛すべき人物に作り上げています。
『ブリッジ・オブ・スパイ』 監督: スティーヴン・スピルバーグ 脚本: マット・シャルマン / イーサン・コーエン / ジョエル・コーエン 配給:20世紀FOX映画 上映時間:2時間22分 日本公開:2016年1月8日 第88回アカデミー賞6部門ノミネート:作品賞、助演男優賞、脚本賞、美術賞、録音賞、作曲賞
究極の活劇!感覚で観る映画の最高峰『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
『マッドマックス』をこの世に送り出したジョージ・ミラー監督自身が1作目からは36年の時を経てこのネオ『マッドマックス』を創造し自作を軽々と乗り越えてしまったことに、ただただ尊敬。しかもすでに御年70歳! 感覚で映画を観ることを100%楽しめる真のエンターテインメント。戦う女がこんなにカッコいいのは『ターミネーター』の サラ・コナー以来と断言していい。
スゴイのはココ!
自作の『マッドマックス』を超えたのがすごい!→1979年にメル・ギブソン主演の『マッドマックス』を華々しく世に送り出し高評価を得たものの3作目の『マッドマックス/サンダードーム』で『マッドマックス』の名を地に落としてしまったミラー監督。今作も当初はまったく期待されていなかったもののふたを開けたところ大傑作! そのギャップも加算点!
話が単純!小学生でもわかるシンプルさ→とにかく話がシンプル! あまりにシンプルすぎて二言しゃべればネタバレになりかねず逆にキケン! 映画の原点回帰にして最新の映像という、驚くような振り幅の作品で幅広い年齢層を引きつけました。
キャラ立ちがハンパない→すごい脇役の人食い男爵とか火を噴くギター男とかすべてのキャラがハンパない個性。メインキャラに女性が多いのも高ポイント。そして何よりマックス役のトム・ハーディがほどよいイケメンなのも女性層の拡大に貢献。マックス役をドウェイン・ジョンソンとかジェイソン・ステイサムにしがちなところをよくぞこらえたキャスティング。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 監督・脚本・製作: ジョージ・ミラー 出演:トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン 配給:ワーナー・ブラザース映画 上映時間:2時間0分 日本公開:2015年6月20日 第88回アカデミー賞10部門ノミネート:作品賞、監督賞、撮影賞、音響編集賞、メイク・ヘアスタイリング賞、編集賞、視覚効果賞、美術賞、録音賞、衣装デザイン賞
ありそうでなかったシチュエーション!火星に一人のマット・デイモンのユーモラスな一人芝居が見せる『オデッセイ』
火星にたった一人取り残されたマット・デイモンを国家ぐるみでサポートして助け出すという、このコストパフォーマンスがとっても悪そうな救出劇は、同じくマット・デイモン主演でたった一人のライアンを犠牲を払いながら何人もで見つけ出すアカデミー賞5冠の『プライベートライアン』のシチュエーションと似ていて名作の予感。荒涼とした火星の風景の中でとっても人間くさいドラマに仕立て上がっているのは、主人公がディスコミュージックぎらいだったり、植物オタクだったりと、リドリー・スコットの細かいプロファイリングのたまもの。
スゴイのはココ!
原作がすごい→原作は宇宙おたくで名高いアンディ・ウィアーが、理論的に矛盾がないよう丁寧に組み立てた物語。アンディさんは、わたしたちがたまに妄想するような「エレベーターが落下したら落下直前でジャンプすれば助かるかも」……みたいなとりとめもない妄想を「宇宙でどうやったら生きていけるのか」と日々考え続けていた方です。だからその火星サバイバル術には並々ならぬ説得力があります。
マット・デイモンをいつまでも見ていたい不思議→シムシティとかシムピープルとか、人間の生活圏を1から組み立てて試練を与え、ただ観察するだけのゲームが世界的に流行りましたが、まさに映画版シムピープル火星版。マットが一人で怒ったり、笑ったり、泣いたりしているのをいつまでも見ていたくなる不思議。マット・デイモンはインテリだしすごい人なのになんかちょっとバカっぽく見えてしまうかわいそうな見た目なのですが、この人はやはり役者としても一流だねと納得する演技力です。
リドリー・スコット流カタルシス→リドリー・スコットはカタルシス名人。ラストに向けてどんどん布石を打っていき、ああこのシーン見たかった! という演出を最高のタイミングで仕掛けてきます。『オデッセイ』は全編がカタルシスに満ちあふれています。なぜなら、主人公の失敗はダイレクトに死につながるから。うまくいかない→死の危機→トライ→エラー死にそう→トライ→やったー! 成功!→命がつながる……という、一粒で何度もカタルシスを味わえる美味しい映画です。
『オデッセイ』 監督: リドリー・スコット 脚本:ドリュー・ゴダード 配給:20世紀フォックス映画 上映時間:2時間22分 日本公開:2016年2月5日 第88回アカデミー賞7部門ノミネート:作品賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、視覚効果賞、録音賞、音響効果賞
淡々と描く実話に底知れぬ恐怖を演出するスゴさ『スポットライト 世紀のスクープ』
カトリック系住民が多いボストンという地で神父のスキャンダルをThe Boston Globeの記者たちが暴いていく過程で底なし沼に落ちていくような恐怖を感じるこの作品。カトリック教徒が多数でもない日本人がこの映画から受ける印象とアメリカ人ではまったく違うものということを差し引いても、どこぞの新興宗教などではないトラディショナルで正しいことの象徴のようなカトリック教会の組織の闇を目の当たりにすることだけでもショック。名優たちのリアルな仕事人ぶりもこの映画の実話としての信憑性を高めています。
スゴイのはココ!
名優たちの新聞記者がリアル→去年『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でめちゃめちゃエモーショナルな演技をしたマイケル・キートン、『アベンジャーズ』のハルクで大暴れするマーク・ラファロらの新聞記者ぶりに注目。あれ? マイケル・キートンだった? というくらい新聞社に溶け込んでいるのでお見逃しなきよう……世紀のスクープが世の中に公表されるまでの地道な裏付けを、冷静に慎重に積み上げていく彼らに真のジャーナリズムを見せつけられます。
実話に驚く→ジュリア・ロバーツがアカデミー賞主演女優賞を獲得した『エリン・ブロコビッチ』のようにこの事件が実話だということになにより驚く。その社会的影響の破壊力は過去の実話映画の中でも最大級。しかも、問題はスクープによって解決しているわけではないところに底知れぬ怖さを感じる。また、誰もが知っていながらも黙認する犯罪は身近なところにいまも潜んでいるであろうという現代社会への警鐘も打ち鳴らしている。
ドラマの構成力→監督のトム・マッカーシー自身カトリックの家に育っているが、この物語は何かを糾弾する物語には作られていません。描いたのはジャーナリズム。複雑に絡む人間関係、感情、信仰、土着による悪習慣などさまざまな要素を、新聞記者の立場や感情、それぞれの性格などを絡めながらこの世紀の事件がどのようにスクープされていくのかを組み立てたという天才的な監督ぶりに、人々はトム・マッカーシーの名前を名監督のリストに刻むことになることでしょう。
『スポットライト 世紀のスクープ』 監督・脚本: トム・マッカーシー 配給:ロングライド 上映時間:2時間8分 日本公開:2016年4月 第88回アカデミー賞6部門ノミネート:作品賞、監督賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞
第88回アカデミー賞作品賞候補の8作品スゴイのはココ!<後編>