作品評:『オデッセイ』
第88回アカデミー賞
この映画が描く世界の在りようは美しいので、その形も美しくなくてはならない……。リドリー・スコット監督はそう考えたのに違いない。(文・平沢薫)
アンディ・ウィアーの「火星の人」に基づく本作の世界の在り方は美しい。それは、ユーモア感覚が生存のために役立つ世界。オタクたちの常識破りの発想が実現される世界。一人の人間の生存のために、多数の人間が国境を超えて協力する世界なのだから。この世界で、主人公の植物学者が常にユーモアを忘れずに、自分の知識と体力を使って生き延びようとし続け、それを知った人々がみなそれに協力するというドラマだけで、充分に感動的だ。
だが、そのうえで、彼が生き延びようとする世界がリアルなだけでなく、美しい形状をしたものとして描かれているところに、本作の真髄がある。主人公たちの試行錯誤のドラマの背後で、世界はいつも美しい。
特に、濃紺の宇宙空間を行く巨大な有人宇宙船の美しさ。その白い船体が反射する微光は、遮るもののない宇宙空間を直進してきたことを感じさせる清浄(しょうじょう)さに充ちている。これまでもSF映画は同じような光景を何度も描いてきたが、本作の宇宙船は佇まいが違う。船の窓は大きく、船外の宇宙を遮断するのではなく、それと共存しようとする。その窓から入る光が生み出す影が刻々と動くので、実際の宇宙船同様、この船も回転しながら進んでいるのがわかるが、その光景はリアルであることよりも、その美しさで見る者を魅了する。
火星の大地も同様だ。赤い大地がどこまでも広がって行く、その空間の大きさ、奥行き、そして静謐さ。大地が時折見せる、不思議な形状の美。主人公の生き延びるための試みの背後で、火星は常に美しく、主人公が腰を下ろして静かにその景観に見とれる場面もある。
なので、映像美に貢献した美術賞と視覚効果賞のノミネートも納得。感動のドラマを生み出した脚色賞と主演男優賞、映像にリアルさを加えた音響編集賞、録音賞のノミネートも納得。それらを総合しての、作品賞ノミネートだろう。
それなのに、この世界を創造したリドリー・スコットが監督賞にノミネートされていないのは意外。これまで『テルマ&ルイーズ』(1991)、『グラディエーター』(2000)、『ブラックホーク・ダウン』(2001)と3度監督賞にノミネートされてまだ受賞していないこの監督は、これから一体どんな映画でオスカーを手に入れるのか。逆にそれが楽しみになってくる。
映画『オデッセイ』は上映中