なぜ人は失踪するのか?衝撃のミステリー10選
今週のクローズアップ
「失踪モノ」は名作の宝庫! 自らの意志で姿を消す者から、何らかの事件に巻き込まれた者、神隠しに遭う者まで、人が失踪する理由はさまざま。28歳OLの失踪事件を描いた12月3日公開の『アズミ・ハルコは行方不明』をきっかけに、イチオシのミステリー10本を紹介します!(構成・文:編集部 石井百合子)
新作はコレ!
『アズミ・ハルコは行方不明』(2016)
WANTED!:28歳のOL安曇春子
~失踪した状況~
家には老齢の祖母を介護する母のストレスが充満し、会社では社長と専務に「女は若いうちに結婚するべきだ」とセクハラざんまいの言葉を浴びせられる日々の春子(蒼井優)。未婚の30代後半の先輩・吉澤(山田真歩)が社長と専務の陰口のターゲットにされるなか、焦り始めていた春子は偶然再会した同級生・曽我(石崎ひゅーい)と親密になり心浮き立つが、次第に曽我と連絡が取れなくなり……。そんななか、ある日ふらりと買い物に出掛けたまま姿を消す。
~ここが衝撃的~
アラサーのOL春子と20歳のギャル愛菜(高畑充希)、男に虐げられるタイプの異なる2人の女性の日常と、男性をターゲットにした少女ギャング団の暗躍を描き、世の女性に喝を与える本作。特筆すべきは、春子の失踪そのものではなく、失踪するまでを丹念に描いているところ。「ヤリマン」と軽んじられているのも知らず、中学時代の同級生ユキオ(太賀)との関係に夢中になっていく根無し草の愛菜にふんした高畑もさることながら、修羅場を演じた蒼井の熱演に戦慄……! 情緒不安定なホステスにふんした『オーバー・フェンス』しかり、アイドル女優を完全に脱皮した凄みを感じさせる。『私たちのハァハァ』などの31歳の気鋭・松居大悟が山内マリコの原作を得て、切実ながらも爽快感のある女性賛歌に仕上げた。
イチオシ3作品はコレ!
『蛇のひと』(2010)
WANTED!:営業マン・今西由起夫(西島秀俊)
~失踪した状況~
営業事務の陽子(永作博美)が出社すると、部長の伊東(國村隼)が自殺し、直属の上司・今西(西島秀俊)が失踪したという知らせが。さらに今西には会社の金を横領した疑いがかけられており、陽子は今西の行方を突き止めるように命じられる。陽子は今西の前会社の同僚や隣人ら彼を知る人々を訪ね歩くうちに、彼らにある共通点があることに気付く……。
~ここが衝撃的~
漫画家になるために会社を辞めるも6年もの間売れずにいる隣人、今西にフラれて彼の友人と結婚した結果DVが原因で離婚した女性、分不相応な高級マンションを購入し、ローン地獄に陥る夫婦、妻と愛人と3人で同居する予備校講師……。そして自殺した部長は優秀な今西に脅威を感じていた。やがて明かされる今西の壮絶な生い立ちに息をのむこと必至。孤独な哀しいモンスターにふんした西島は面目躍如といった感で、永作、國村のほか劇団ひとり、ふせえり、板尾創路、ムロツヨシ、佐津川愛美らサブキャストも豪華。元は第2回WOWOWシナリオ大賞を受賞したテレビドラマで、のちに劇場公開もされた傑作だ。
『彼女が消えた浜辺』(2009)
WANTED!:保育士エリ(タラネ・アリシュスティ)
~失踪した状況~
セピデー(ゴルシフテ・ファラハニ)ら男女がバカンスのため海辺のリゾート地を訪れた。セピデーの子どもが通う保育園の先生エリ(タラネ・アリシュスティ)は心ここにあらずといった様子で、「母が心配するから」と帰ろうとするが、セピデーは仲間の独身男性アーマドと彼女の仲を取り持つべく、引き留める。そんな中、彼らの子どものうち1人が海で溺れる事件が発生し、その渦中でエリは姿を消してしまう。エリは海で溺れてしまったのか、それとも……。
~ここが衝撃的~
セピデーが手配した別荘が手違いで借りられず、立往生する冒頭からして波乱含みの本作は、人の善意がことごとく悲劇に結びついてしまう皮肉な展開が特徴。仲間たちいわくエリは「穏やかで好ましい」「とても感じがいい女性」「仲良くできそう」「最高!」な女性。しかし、彼女が失踪し手掛かりを探そうとすると、名前すら知らなかったことに愕然とする。イランにおける結婚、女性の地位といった諸問題が見え隠れすると同時に、「人には誰にも見せない顔がある」という深遠なミステリーに魅せられる。
『永遠のこどもたち』(2007)
WANTED!:7歳の少年シモン(ロジェール・プリンセプ)
~失踪した状況~
閉鎖されていた児童養護施設を、障害がある子どもたちのためのホームとして再建しようとする主婦ラウラ(ベレン・ルエダ)。しかし、難病を患う養子シモン(ロジェール・プリンセプ)がトマスと名付けた空想の友達との遊びに没頭するようになり、母子に溝が生じていく。そんなある日、入園希望者を集めたパーティーでラウラは「トマスの部屋を見つけた」と言うシモンに取り合わなかったことからケンカしてしまい、パーティーの喧噪の中でシモンは姿を消してしまう。
~ここが衝撃的~
「失踪モノ」と言うと早々に事件が起きることが多いが、本作は少年が姿を消すまでの展開が長いのが特徴。前半で描かれるのは愛情豊かな両親に恵まれながらも薄幸なシモンの身の上。そして、なぜかそんな彼を知るベニグナという謎の老婦人の訪問……。ラウラの血のにじむような捜索、幼くして負の世界に引き寄せられていくシモンに胸を締め付けられる。月明かりの中、無人の館の中で繰り広げられる「だるまさんがころんだ」のクライマックス、そして恐ろしくも美しいラストシーンが強烈な余韻を残す。『パシフィック・リム』(2013)のギレルモ・デル・トロが製作総指揮に名を連ねている。
まだまだある名作!
『ジュリエッタ』(2016)
WANTED!:18歳の少女アンティア(ブランカ・パレス)
~失踪した状況~
夜行列車の中で漁師ショアン(ダニエル・グラオ)と運命的な出会いを果たし、彼の妻が他界した後に結婚。彼との間にもうけた娘アンティアと共に幸せな日々を送っていたジュリエッタ(アンドリアーナ・ウガルテ/エマ・スアレス)。しかし、幸せな日々は長く続かず漁に出たショアンが大嵐に遭い帰らぬ人に。悲しみに沈みながらも娘のために立ち直るジュリエッタだが、娘が18歳に成長したころ瞑想をするためにピレネーに向かったまま行方知れずとなる。
~ここが衝撃的~
娘が何を思っていたのか、手掛かりとなるのは12年間もの間音信不通の娘をイタリアで見かけたという知人の存在。最も理解し合っているはずの存在が、最も理解しがたい存在だったという事実はあまりに受け入れがたく、ジュリエッタの混乱、絶望が思いやられる。やがてジュリエッタは自分の知らない娘の苦悩を知ることになるが、大事なのは真相ではなく、親子、家族だからといって理解し合っているという前提はないという現実。シビアなテーマを描きながら、愛憎の果てにほのかな希望が見られるのがペドロ・アルモドバル監督らしい。
『ピクニックatハンギング・ロック』(1975)
WANTED!:名門寄宿制女子学校の生徒3人&女教師
~失踪した状況~
1900年2月14日、バレンタイン・デーにオーストラリアの寄宿制学校の女生徒たちが2人の教師に引率され、岩山ハンギング・ロックにピクニックに出かけた。昼下がりに教師は読書、生徒たちは昼寝をするなか、ミランダ(アン・ルイーズ・ランバート)ら4人の生徒が岩面観測をしたいと岩山に向かい、昼寝を挟んだ後、怖がりのイディス(クリスティン・シュラー)以外の3人は何かにとりつかれたかのように上に向かい、そのまま戻ってこなかった。さらに数学教師マクロウ(ヴィヴィアン・グレイ)も蒸発し……。
~ここが衝撃的~
ただ一人戻ったイディスの証言の中で最も驚くべきはマクロウ先生とすれ違ったとき、彼女が身に着けていたのは下着だけだったという事実。やがて、消えた少女たちの身を案じるイギリス人貴族とその従者の捜索によって岩山でイルマ(カレン・ロブスン)だけが発見されるが岩山での記憶はなくしており、「手の爪は全て割れており頭を打っているが他には痕が見られない。1週間もいたのにほとんど無傷」と医者は首をかしげる。実話に基づくとされる本作は、超自然的な力を持っているかのような岩山の描写や謎が謎を呼ぶ展開もさることながら、事件によって運命を狂わせていく人々の心理描写が秀逸。“ボッティチェリの天使”と謳われる美少女ミランダを白鳥に見立てるシーンをはじめ、森の中でまどろむ女生徒たちなど絵画のような映像の美しさは圧巻!
『ゴーン・ガール』(2014)
WANTED!:主婦エイミー(ロザムンド・パイク)
~失踪した状況~
5回目の結婚記念日にニック(ベン・アフレック)が帰宅すると、ドアは開いたままで部屋は荒らされており、妻エイミー(ロザムンド・パイク)の姿がなかった。まもなく警察により本格的な捜索活動が開始されるが、ニックは妻の交友関係や昼間の行動、血液型さえ把握していない。世間は妻が失踪しながら涙を見せないニックを非難。やがて警察はキッチンに大量の血が拭き取られた痕を発見、ニックがカードで大量の高級品を購入し、エイミーの生命保険の額が引き上げられている事実を突き止め、ニックに妻殺しの容疑がかけられる。
~ここが衝撃的~
「理想の夫婦」として羨望を集めていた2人だが、うまくいっていたのは初めの2年間だけで、ニックには1年半前から若い愛人がいた。警察いわく「エイミーは相手に同じレベルを求めるタイプ、ニックは気楽なタイプ」で、もともと性格は対照的。不況による失業をはじめ、2人がうまくいかなかった理由は細かく提示されていくが、環境の変化で2人の仲が冷え切っていく展開はあまりにもあっけない。この悲劇の原因は夫にあるのか、妻にあるのか? 解釈はさまざまだが、過剰なまでに「結婚の現実」をシニカルに、シビアに見つめた原作、そしてデヴィッド・フィンチャー監督の結婚観が興味深い。
『渇き。』(2014)
WANTED!:女子高生・藤島加奈子(小松菜奈)
~失踪した状況~
妻子と別れ、すさんだ生活を送る元刑事・藤島(役所広司)のもとへ、元妻から「娘がいなくなった」との知らせが。娘の加奈子(小松菜奈)は成績優秀で美しく、いじめられっ子にも優しく接する学園の人気者で、彼女に恨みを持つような人物は見当たらなかった。しかし、藤島が加奈子の部屋や交友関係を調べるうちに、母親に歯医者と偽って神経科に通っていたり、キャンディーボックスの中に薬物を隠し持っていたりという、娘の知られざる顔が明らかになっていく。
~ここが衝撃的~
加奈子の所持品の写真に幸せそうに写っていた少年は、中2の時に自ら命を絶っていた。さらに高校の同級生の少女が何者かに惨殺され、加奈子の知人とつながりのある人物もコンビニで発生した大量殺人事件の犠牲に……と加奈子の周囲で死亡者が続出! 美しいバラにはとげがあるというけど、その悪行の数々のレベルがハンパなく、ガクブル……! 小悪魔的ルックスを持つ小松菜奈が長編映画デビュー作にして、ゾッとするような衝撃的な役柄を見事に演じ切った。
『バニー・レークは行方不明』(1965)
WANTED!:4歳の少女バニー・レーク(スキー・アップルビー)
~失踪した状況~
アメリカから娘バニーと共に、記者の兄スティーブン(ケア・デュリア)が暮らすロンドンにやって来たシングルマザーのアン(キャロル・リンレー)は保育園に娘を迎えに行くが、姿が見当たらず半狂乱に。スティーブンも駆けつけ、ニューハウス警部(ローレンス・オリヴィエ)に捜索願を出すが、奇妙なことに自宅にあった娘の所持品が全て持ち去られており、周囲はバニーの存在自体を疑い始める……。
~ここが衝撃的~
真相を予測できる確率はほぼゼロ、と言っても過言ではないほど意外なラストを迎える本作。引越しをしたばかりでバニーを知る人物はほぼ皆無。さらに、アンが少女時代にバニーと名付けた空想の友達と遊んでいた事実も発覚し、アンが追い詰められヒステリックになるにつれて保育園のスタッフや大家のほか、観ている側でさえ彼女が狂っているのではないかと思い始めるはずだ。アンがバニーの人形を修理に出していることを思い出し、人形店に向かうところから意外な様相を見せ、震え上がる展開が! 捜査にあたる警部にふんしたのが名優オリヴィエだけあってさすが貫禄十分。監督は『ローラ殺人事件』(1944)、『枢機卿』(1963)で2度オスカー候補になったオットー・プレミンジャー。
『プリズナーズ』(2013)
WANTED!:6歳の少女アナ(エリン・ゲラシモヴィッチ)
~失踪した状況~
ケラー(ヒュー・ジャックマン)とその妻(マリア・ベロ)は感謝祭を祝うため、娘のアナと息子ラルフ(ディラン・ミネット)を連れて友人夫妻(ヴィオラ・デイヴィス&テレンス・ハワード)の家へ。そんな中、アナが「ホイッスルを取りに帰る」と友人の娘ゾーイと外出したきり、戻ってこない。そして友人宅の付近にあった不審な車の所有者アレックス(ポール・ダノ)が容疑者として拘束されるが、証拠不十分で釈放される。
~ここが衝撃的~
理想的なマイホームパパだったケラーが証拠不十分で釈放された容疑者を軟禁し、娘を救いたい一心で善悪を超えた正義を貫き、常軌を逸していく姿は壮絶だ。容疑者の顔面が崩れるほど痛めつける拷問シーン、16人の子どもを殺したという男のミイラ化死体、刑事ロキ(ジェイク・ギレンホール)がたどり着く重要参考人の奇怪なアジトなど、目を覆いたくなる事実や光景が延々と続き、この世にはすぐそこに“常軌を逸した世界”が広がっているという恐ろしさをまざまざと見せつけられる。イイ人キャラのイメージの強いヒュー様が一転して狂気の父親を大熱演!
『最愛の子』(2014)
WANTED!:3歳の少年ポンポン
~失踪した状況~
両親の離婚後の取り決めにより週に一度、母親と過ごすことになっているポンポン。母親が帰った後、近所の子どもたちと遊びに出かけたポンポンは母親の車が通り過ぎたことに気付き、追いかける。しかしその最中に何者かによって連れ去られ、3年後、息子を捜し続けていた父親ティエン(ホアン・ボー)のもとに、ポンポンがとある農村で暮らしているという情報が入る。
~ここが衝撃的~
本作の場合、肝となるのは息子の幸福を巡る「生みの親」と「育ての親」の戦い。農村でポンポンを育てていたのは、一年前に夫を亡くし女手一つで2人の子どもを育てていたホンチン(ヴィッキー・チャオ)という女性。子供を取り返しにやって来たティエンらによって、亡くなった夫の秘密が明らかになるが、ホンチンはその事実を受け止められず、ホンチンを母親と信じるポンポンも母親と引き離そうとする生みの親を悪としか考えられない。やがて浮かび上がる貧富の格差、女性の地位など中国の深刻な社会問題も苦い余韻を残す。世間知らずの農村の女性をすっぴんで熱演したヴィッキー・チャオが泣かせる。