魂を削った愛の表現 カンヌ選出『光』河瀬直美監督&永瀬正敏インタビュー
永瀬正敏を主演に、水崎綾女をヒロインに迎え、魂でつながる愛を描いた河瀬直美監督の新作『光』(5月27日公開)。弱視のカメラマン雅哉と、映画の音声ガイド制作者の美佐子との関わり合いを通して、映像を言葉で説明する音声ガイドにもスポットを当てた意欲作だ。第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出され期待が高まる中、河瀬監督と永瀬が撮影のエピソードを明かした。(編集部・小松芙未)
【河瀬直美監督】
■映画への愛がハンパない
Q:冒頭の「こちらの音声は~」という音声ガイドの音を聞いた瞬間から『光』の世界へいざなわれました。今回、音声ガイドに焦点を当てた理由は何でしょう?
前作『あん』の音声ガイド制作者からもらったチェックリストを見たときに、この人たちの映画への愛がハンパないなって思ったんですね。本当に愛情があって、視覚障碍者の人たちに、ちゃんと映画を届けたいんだなっていう思いが伝わってきました。あんまり知られていないこの存在を、映画を愛する全ての人はきっと知りたいと思うだろうし、そここそ描きたいと思ったことが理由です。
Q:監督は『あん』で初めて音声ガイドと向き合ったのですか?
そうです。初めてです。『あん』の音声ガイドの制作がなかったら、『光』はないですね。
Q:音声ガイドの必要性について、具体的にはどう思いますか?
見えない人に映画を見せるっていうのはすごいことだと思います。視覚障碍者の人たちに映画は必要ないと思うのが普通です。そんな中、日本で初めて音声ガイドの制作や普及に取り組み始めた人たちは、本当にすごいです。今もいろいろな意味で闘っていると思います。
Q:劇中にある音声ガイドのモニター会には、一般の視覚障碍者の方も参加されていますね。演出はどのようにされたのですか?
台本はありません。音声ガイドの体験のある視覚障碍者の方に出演してもらうことは、役者だけでは表せないリアリティーを出すために、わたしにとっては絶対に必要でした。事前にお会いしたとき、なんて感性の豊かな人なのだろうと思いました。わたしは見守っていただけです。そこに居てもらうことが大切でした。
■魂を削る
Q:主演の永瀬さんとヒロインの水崎さんには、撮影前から実際に撮影セットの中で生活してもらい、「役を積む」ことをしてもらったそうですね。
はい。永瀬くんはハンパない積み方をしていましたね。例えば、徹夜明けのシーンだったら、本当に徹夜していたんです。わたしには言わないんですよ。スタッフから本当に徹夜していたと聞きました。わたしが指示したわけではなく、演出もしてないんですよ。
Q:水崎さんはいかがでした?
河瀬組は初めてだったし、違うジャンルから芸歴を積んできていることもあって、何が起こっているのか、全くわかっていないようでした。なので、ちんぷんかんぷんでイライラしている姿をそのまま撮りました。怒っているところも本当にそのままです。
Q:水崎さんには台本を渡していなかったそうですね。
はい。台本を与えると、台本通りにやってしまう。そのクセがついている人だから、与えませんでした。
Q:水崎さんは河瀬監督のことを知らずにオーディションを受けたそうですが、かえってそれがこの映画の成功につながっている気がします。監督のことを知っていると「河瀬作品だ」とプレッシャーを感じて萎縮することもあるかもしれないので。
そうですね、それはあるかもしれない。でもそこは問題ではないです。「河瀬作品だ」と感じていても、そこは無視するし、わたしのことや作品を知らなくても問題ないです。その人の存在感がどうであるか、ということを見ています。役を積んでいったときに、どれだけ無垢な存在になっていけるか、今回はそこが本当に大変でした。
Q:食べ物がのどを通らなくなり、最初の1週間で体重が4キロ落ちたと水崎さんはおっしゃっていました。監督は大丈夫でしたか?
点滴を4回受けました(笑)。みな魂を削るような感じで向き合って……。白川和子さんは認知症のお母さん役のためにおむつをしていましたからね。
Q:すごい。気付きませんでした。
今村昌平さんや大島渚さんに鍛えられている世代の人は、ちゃんと役を積んでいきます。
■悩みはめちゃめちゃある
Q:世界的に認められている河瀬監督が、悩むことってどんなことですか?
悩むこと? 悩みはめちゃめちゃありますよ(笑)。ちゃんとできているかなーとか、大丈夫かな、わたし、とか(笑)。
Q:実績のある監督なので、意外ながらも親近感があります。とても人間味が(笑)。
あははは。
Q:今年、初めてオペラの演出を手掛けるそうですね。近年で河瀬監督の中に起きている変化はありますか?
もうすぐ50歳になりますが、自分の人生だけでできることは限られていると思うんです。そうすると、河瀬直美はもう現れないけど、誰かが次に何かをするのかな? という考えには年と共になりますね。子供を産んでからは特にそうですが、自分がもっと上を目指したいというよりは、次の人たちはどうなるんだろうって。だから、自分が感じている大事なことを、ちゃんと伝えたいっていう思いはあります。
Q:『光』は監督にとって、どういう作品になりましたか?
人間は完璧な存在ではないことを自覚するというか。何かに執着したり、比べたり、優位に立つ方が素晴らしいみたいな考え方は、絶対に人間を崩壊させる、人間の危ういところだと思うんです。人類が現在のような状態でこのままいけるとは思えなくて、警告するというか。最初は争っても、そこから先にどうつなげていくのか。劇中で想像力と言っていますが、そのつながりの真ん中に映画があるような、映画の可能性と人間の可能性を探った映画です。