911 その時、ハリウッドはどう反応したのか~アメリカ同時多発テロ事件~
あの日がまたやって来る。あの朝のこと、それからの2、3か月のことを私は一生忘れないだろう。(Yuki Saruwatari / 猿渡由紀)
2001年の9月10日、私は初めてのトロントでの取材を終え、ロサンゼルスに戻る飛行機に乗った。トロント国際映画祭はまだ開催中で、この後も取材を抱えている知り合いのジャーナリストたちに「もう帰るけど、頑張ってね」と言ったのを覚えている。
事件について聞いたのは、翌朝、ヨガクラスに行く途中の午前6時半ごろのこと。今ならば車中のラジオは必ず公共ニュースなのだが、当時はジャズチャンネルを聴くのが習慣で、スタジオのそばのベーグル屋の男性店員が「ワールド・トレード・センターに飛行機が突っ込んだよ」と、通りすがりの私に叫んでくるまで知らなかった。そう言われてもピンと来ず、曖昧な気持ちでスタジオのドアを開けたのだが、そのクラスは被害に遭った方々への黙祷で始まった。午前9時前に帰宅し、テレビをつけてやっと状況をちゃんと把握することになったのだ。
後に聞いたことだが、トロントに残っていた知り合いは、相当に大変な体験をしたようである。飛行機はすべてストップで、シカゴまではなんとかたどり着いたがレンタカーが完売だったから何人かでお金を集めて中古車を買ったという話も聞いた。一方で、とりあえずバンクーバーまで飛んだものの、そこで足止めをくらったという友人もいた。
ニューヨークから飛行機で6時間、時差が3時間あるロサンゼルスでも衝撃は莫大(ばくだい)だった。その午後は、あらゆる店が閉鎖。実はその日、私は近々の取材に備えてある映画を見に行こうと思っていたのだが、その映画館も臨時休業となった。私としても「今、このコメディーを観るなんて自分はバカか。いや、今だからこそ気をまぎらすべきなのか」と葛藤していたので、あっちがそう決めてくれてむしろ助かったと感じたものだ。
「次のターゲットはハリウッドのスタジオ」という噂も、まことしやかに飛び交った。根拠があるかどうかなど気にしておられず、映画スタジオは軒並みスタジオ内でのマスコミ試写をキャンセルする。スタジオにもよるが、この警戒はその後4、5年も続いた。ほかより早めにスタジオ内での試写を再開した会社も、車のトランクや内部を警備員に綿密に検査させるというルールをずいぶん長い間徹底している。
私が知るかぎり、その週キャンセルをせずに試写を決行したのは、マライア・キャリーの初主演作『グリッター きらめきの向こうに』(2001年)だ。とは言っても、5日くらいは経っていたと思うし、場所は一般の映画館。キャリーの半自伝的映画で、テロを思わせる要素もなく、まあ妥当だと気晴らしのために私も行くことにした。
もともとひどい映画と思われていたからか、まだみんなそんな気持ちになれないのか会場はガラガラ。実際映画は最低で、帰り際には誰かが「こういう形でも笑わせてくれたのはいいよね」と言う声が聞こえた。だが、その理由のためにわざわざお金を払って観ようと思った人は少なかったようで、2,200万ドル(約24億2,000万円)の予算をかけて作ったこの映画の北米興行成績は、わずか400万ドル(約4億4,000万円)で終わっている(数字は Box Office Mojo 調べ、1ドル110円計算)。
映画の公開延期も相次いだ。例えば、グウィネス・パルトロウがスチュワーデスを演じる恋愛映画『ハッピー・フライト』(2003年)。ほかには、テロを扱うアーノルド・シュワルツェネッガーの『コラテラル・ダメージ』(2001年)、飛行機内で爆破を計画するコメディー『ビッグ・トラブル(原題) / Big Trouble』(日本未公開)などだ。予定どおり公開されたものには、ベン・スティラーのコメディー『ズーランダー』(2001年)、リドリー・スコット監督の『ブラックホーク・ダウン』(2001年)がある。『ズーランダー』はともかく、戦争ものの『ブラックホーク・ダウン』は大丈夫なのかと危惧されたが、いずれも成功した。
そして、あのチャリティー番組「アメリカ:ア・トリビュート・トゥ・ヒーローズ」だ。テロの被害者 、消防士、警察官らを支援しようと、ジョージ・クルーニーが企画した募金目的の番組として、CMなしで、全メジャー局一斉放映。このライブ番組では、ブルース・スプリングスティーン、スティング、ビリー・ジョエル、セリーヌ・ディオンらが歌った。さまざまな事情から精神的疲労を抱え、休業状態にあったキャリーも、「Hero」を歌っている。普段の声には劣ったが、一生懸命出てきてくれて精一杯やってくれた彼女に人々は感激したものだ。ほかに、トム・ハンクス、トム・クルーズ、ウィル・スミス、ジュリア・ロバーツらがスピーチを行った。
この911事件を直接扱う映画ができたのは、5年経ってから。ひとつはオリバー・ストーン監督の感動ドラマ『ワールド・トレード・センター』(2006年)、もうひとつはポール・グリーングラス監督がリアルに切り込む『ユナイテッド93』(2006年)だ。とくに後者は高く評価されたが、それでも「早すぎる」「観たくない」という意見も聞いた。しかしその後も、あの事件に関連する映画は作られ続け、『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)は、第85回アカデミー賞の作品賞を含む5部門にノミネートされ、音響賞(編集)を受賞している。
最近は、ボストンマラソン爆弾テロ事件の映画が2つ続けて作られた。マーク・ウォールバーグ主演の『パトリオット・デイ』(2016年)、現在開催中のトロント映画祭でプレミアされた『ストロンガー(原題) / Stronger』だ。この2作は同じ事件を扱いながらも全く違う、いずれも意義のある映画となっている。
911事件とそれに関連する出来事には、まだまだ語られるべき話があるだろう。それは、勇気ある人の感動物語かもしれないし、ブッシュ大統領の責任を再検証するものかもしれない。才能ある映画監督は、当時生まれていなかった今の高校生とその後の世代に、最も心に迫る形でいまだ終わっていないあの事件を伝えることができるのだ。
今年もまた 9月11日をトロントで過ごしながら、そんな良作が出てくることを私は強く願っている。