スクープだけじゃない、社会的通念を打ち破った女性経営者と仲間との結束の物語でもある!『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
第90回アカデミー賞
スティーヴン・スピルバーグがSF大作『レディ・プレイヤー1』(2018)のポストプロダクション(編集作業)を遅らせて、通常では考えられないスピードで製作を進めた『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』。1971年、ベトナム戦争を分析・記録したアメリカ国防省の最高機密文書=「ペンタゴン・ペーパーズ」の掲載をめぐる、ワシントン・ポスト紙の闘いを描いたリズ・ハンナによる脚本を読んだスピルバーグは、「今すぐこの映画を作らなければならないと思った」という。短期間でスピルバーグのもとに集まったのは、オスカー俳優メリル・ストリープとトム・ハンクスを筆頭に、撮影監督のヤヌス・カミンスキー、プロダクションデザイナー(美術監督)のリック・カーター、音楽のジョン・ウィリアムズなど、オスカーの常連たち。文字通り鉄壁の布陣で臨んだ本作は、スピルバーグらしいまっすぐなメッセージと楽観主義を感じさせる、手慣れた社会派エンターテインメントに仕上がっている。(文:今祥枝)
「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、1967年当時、アメリカの国防長官であるロバート・マクナマラの指示で作成された文書の通称。平たくいうと、トルーマン以降の4つの政権はベトナム戦争におけるアメリカの軍事行動について、何度も国民に虚偽の報告をし、軍とCIAは極秘に軍事行動を拡大していたというもの。泥沼化する戦況に反戦運動も高まる中、絶対に外部に漏れてはならない黒歴史の証拠が、なぜ大手マスコミの手に渡ったのか? そして当時、一地方紙としての地位に甘んじ経営的にも危機に際していたワシントン・ポスト紙が、本件の主役として脚光を浴びることになったのか。映画は、その顛末を描いていく。
一見すると、『スポットライト 世紀のスクープ』(2015)のように調査報道の過程をたどる物語に思えるかもしれない。実際に、ハンナの脚本をブラッシュアップしたのは『スポットライト 世紀のスクープ』でアカデミー賞脚本賞を受賞したジョシュ・シンガーなのだが、本作の主軸は「いかにしてスクープをものにしたか」ではない。テーマは複合的で、いずれも今の時代にふさわしいものである。その一つが「女性」で、このテーマはメリル・ストリープふんするワシントン・ポストの発行人キャサリン・グラハムに集約されている。
専業主婦から夫の急死により同社の発行人となったキャサリンは、保守的な環境で育ち、男性社会の中で会社を切り盛りできるような経験どころか、自分に自信のない女性として描かれている。その戸惑いは、ストリープの名演によってリアルに伝わるのだが、今考えてもキャサリンの「ペンタゴン・ペーパーズ」をめぐる大きな決断は、どれほどのプレッシャーと勇気が必要だったかと思わずにはいられない。後にフォーチュン誌が選ぶトップ500企業の初の女性経営者となるキャサリンが、いかにして女性に対する社会的通念や固定観念を打ち破るに至ったのか、その一歩を踏み出す姿は純粋に胸を打つ。本作は、彼女の成長物語でもあるのだ。