ドレスは誰が選んでる!?レッドカーペットの知られざる舞台裏【第9回オスカードレス編】
映画に見る憧れのブランド
こんにちは、映画で美活する映画美容ライターの此花さくやです。
いよいよ3月5日(日本時間)に開催されるアカデミー賞授賞式。最近のレッドカーペットでは、プランド・ペアレントフッド(妊娠中絶手術や避妊薬処方などの医療サービスを提供するNGO)のピンをつけたり、性差別、セクハラ、人種差別に抗議する#MeTooや#TimesUp運動をサポートするために黒の衣装一色になったりと、人権的な運動も注目を集めていますが、やはりドレスのデザイナーやベスト/ワーストドレッサーが一番の話題!
贅沢なクチュールドレスやジュエリーは、いったい誰が選び、お金を払っているのでしょうか? レッドカーペットをより楽しむためにも、今回はハリウッド黄金期から現代までオスカードレスの舞台裏に迫ってみたいと思います。
衣装デザイナーがオスカードレスを作った黄金期(1920~50年代)
ハリウッド映画の黄金期と呼ばれる1920年代~50年代まで、映画の撮影所には主役からエキストラまで全員の衣装をデザインし、製作する衣装デザイナーが存在しました。当時の映画撮影所には巨額の予算が流れ込み、ハリウッドスターたちは豪邸や瀟洒(しょうしゃ)な衣装、たくさんの使用人に囲まれる王侯貴族のようなライフスタイルで大衆に夢を与えました。
例えば、オシャレで有名だったジョーン・クロフォードは1日に10回も着替えをし、ファンレターの返事を書く時にだけ着る衣装(!)まで持っていたとか。そんなジョーンが映画『令嬢殺人事件』(1932)で着用した白いドレスは、米大手百貨店のメイシーズがコピーを50万枚も販売したほど、映画スターが着た衣装は飛ぶように売れたのです。
今では映画の衣装は高級ブランドが担当することが多いのですが、この時代は高級ブランドとハリウッドの関係はまだまだ密接なものではなかったようです。実は、1930年代にココ・シャネルやクリスチャン・ディオールなどのパリのオートクチュールデザイナーがハリウッド映画の衣装を依頼されたこともありました。しかし、オートクチュールの顧客には本物の上流階級の人々が多かったことから、大衆映画の衣装を制作することは宣伝としてあまり重要ではなかったのです。事実、クリスチャン・ディオールがブリジット・バルドーが花嫁に扮する映画は俗っぽいとウェディングドレスを担当することを拒否したと言われています。
映画が莫大な利益を生み出していたこと、また、高級ブランドがハリウッド映画を宣伝媒体として認識していなかったことから、映画内、プライベートからオスカーまで映画スターが着用するすべての衣装は、撮影所の衣装デザイナーが作っていたのです。
ビバリーヒルズでスター自身がショッピング!?(1960~80年代)
1950年代、テレビの普及とハリウッド独占禁止法裁判の影響で映画界に陰りが見え始めます。当時の映画産業はスタジオシステムとよばれ、大手の映画撮影所は映画館チェーンも経営し、製作・配給・興行を独占的に運営していました。しかし、裁判により、映画撮影所は映画館チェーンを売却せざるを得ず、財政的に逼迫(ひっぱく)することに。結果、衣装部門を閉鎖する映画撮影所が続きました。
そのため、プレミアやアカデミー賞授賞式などのセレモニーの衣装を自前で調達することを余儀なくされた映画スターたち。彼らはハリウッドにあるブティックでヨーロッパの最新の衣装を買い求めたそうです。グレイス・ケリーやソフィア・ローレンなどそうそうたるメンバーがオスカードレスを買いに自らビバリーヒルズのロデオドライブのショッピング街へ赴きました。
「アカデミー賞で着る衣装を決めるのにスターたちは何か月もかけていましたよ。あの頃は、スターに服を届ける人などいませんでしたからね」と『ジョルジオ・ビバリーヒルズ』の創業者、フレッド・ヘイマンは語ります(ダナ・トーマス著『堕落する高級ブランド』)。
アルマーニのレッドカーペット参入(1990年代前半)
衣装デザイナーによる服の提供がなくなり、自分たちで衣装を買わなくてはいけなくなったハリウッドスターたち。そのせいか、アカデミー賞授賞式でセンスが悪い、正装の仕方を知らないと酷評を受けるスターたちが続出しました。1989年のアカデミー賞授賞式に登場したデミ・ムーアのガードルをはいたような衣装、1990年のキム・ベイシンガーの片側だけ袖がついたドレスが悪評の的になってしまいます。
そんなスターたちを救ったのがジョルジオ・アルマーニでした。当時、斬新なスーツデザインで脚光を浴びていたアルマーニは、『アメリカン・ジゴロ』の主演俳優リチャード・ギアにアルマーニのスーツを着せてハリウッドの宣伝効果を実感。アメリカでの市場を拡大するために、ロサンゼルス・ヘラルド・エグザミナー社交欄編集者として働いていたワンダ・マクダニエルを引き抜きました。彼女の任務は、できるだけ多くのハリウッドの俳優たちにアルマーニを着せることでした。
ワンダが最初に目をつけたのは、『告発の行方』(1988)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したジョディ・フォスター。実は、ジョディがオスカードレスとして着たお尻に大きなリボンがついたブルーのドレスは大不評。このドレスは彼女自身がミラノのブティックで買ったものでした。次のオスカードレスにはアルマーニを着てほしいと頼まれた彼女は、「願ってもないわ!これから死ぬまで私のために(衣装選びを)やってちょうだいよ!」と言ったとか(ダナ・トーマス著『堕落する高級ブランド』)。
1990年のアカデミー賞授賞式では、ミシェル・ファイファー、トム・クルーズ、デンゼル・ワシントン、ビリー・クリスタル、デニス・ホッパーと数えきれぬほどのスターたちがアルマーニを着用しました。おかげで、1990年~93年にかけて、アルマーニの世界全体の売り上げは倍増し、とくにアメリカの売り上げは飛びぬけていたそうです。セレブにオスカードレスを着せることは、安価な宣伝になるということがアルマーニによって証明されたのです。
やがて、ほかの高級ブランドもヨーロッパやニューヨークで開かれるコレクションのフロント・ロウ(最前列)にVIP待遇でスターを招待し、衣装を無料で提供するようになりました。見返りは、イベントで自社ブランドのドレスを着てもらい、ブランド名をメディアに宣伝してもらうこと。
加えて、1990年代前半頃から女性誌やファッション誌がセレブのファッションスナップを取り上げるように。雲の上の存在だったスターが、セレブと呼ばれる真似したい身近な存在になったのもこの時代です。
スタイリストの台頭(1990年代後半)
ブランドとセレブの関係は1990年半ば頃から急転します。アルマーニなどがセレブに衣装を着てもらっていた頃は、ブランドの担当者とセレブが一緒にオスカードレスを選ぶというパーソナルなものでした。しかし、そのうちに高級ブランドは、オスカーの候補者やプレゼンターにまで自社ブランドを着てもらうために、様々な贈り物をするようになりました。
そして、高級ブランドは次第にセレブ本人ではなく、セレブのスタイリストにコンタクトするほうが得策だと気がついたのです。というのも、四六時中パパラッチに追いかけられるようになったセレブは、プライベートの装いにもスタイリストを雇うようになっていたからです。
世界的なトップスタイリストのレイチェル・ゾーは、元々は雑誌のファッションスタイリストでしたが、現在ではたくさんのセレブと個人契約を交わしています。彼女は、セレブのショッピングを一手に引き受け、プライベートからアカデミー賞授賞式までTPOで異なるコーデを撮影したポラロイド写真をノートに貼り、セレブに提供しているのだとか。
こうして、1日6,000ドル(約66万円/1ドル=110円換算)も稼ぐレイチェルのようなトップスタイリストは、ブランドやセレブに対して大きな影響力をもつようになります。高級ブランドは、そんなスタイリストに競い合うようにして現金、プレゼント、世界旅行などを贈り、レッドカーペットのドレスを自社ブランドから選ぶように働きかけたのです。驚くべきことに、スタイリストの中には脂肪吸引手術や別荘をオスカードレスと引き換えに要求する人たちもいたといいます。
高級ブランドの広告塔になったセレブ(2000年以降)
ここ数年は、それまでスタイリストに渡っていた報酬をセレブ本人が受け取りたいと、セレブのエージェントがブランドにコンタクトを取る流れに変化しています。
「ジュエリーメーカーも、シューメーカーも、タンポンメーカーだってお金を(セレブやスタイリストに)支払っているわ!」と言うのはケイト・ブランシェットやエミリー・ブラントを顧客にするスタイリストのジェシカ・パスター。ジェシカが『コスモポリタン』のWEB版に語ったところによると、オスカードレスを確約してくれるスタイリストには3~5万ドル(約330万円~約550万円)、セレブ本人には10万ドルから25万ドル(約1,101万円~約2,753万円)支払うのが相場だそう(1ドル=110円換算)。
ファッション・ジャーナリストのダナ・トーマスによると、2005年のゴールデン・グローブ賞授賞式では、ヒラリー・スワンクとシャーリーズ・セロンがハリー・ウィンストンから借りたジュエリーを式の直前にドタキャンし、何十万ドル(何千万円)もの小切手と引き換えにショパールのジュエリーを身につけた話は業界で有名なのだとか。
最近ではどのブランドも旬のセレブを広告塔として起用しています。クリスチャン・ディオールのナタリー・ポートマン、ルイ・ヴィトンのレア・セドゥ、シャネルのリリー=ローズ・デップ……ブランドはセレブと契約を結び、広告に登場してもらうほか、アカデミー賞授賞式を始めとする主要なイベントでも自社ブランドを頭の先から足の先まで着用してもらいます。この方法なら、セレブとブランド双方が確実な利益を得られるからです。
大きな権力とカネが動くレッドカーペット。セレブにはもう自分の着たいドレスを選ぶ自由はないのかもしれません。それでも、衣装の色や小物を使い、自分たちのできる範囲でレッドカーペットを通して政治的な意見を主張するようになりました。第90回アカデミー賞授賞式では、セレブがドレスを通してどんな主張をするのか、そして、ハリウッドは自身が内包している様々な差別を解決できるのか見ものです。
【参考】
講談社「堕落する高級ブランド」ダナ・トーマス著 実川元子訳
E News
Business Insider
COSMOPOLITAN
Mail Online
此花さくやプロフィール
「映画で美活する」映画美容ライター/MAMEW骨筋メイク(R)公認アドバイザー。洋画好きが高じて高3のときに渡米。1999年NYファッション工科大学(F.I.T)でファッションと関連業界の国際貿易とマーケティング学科を卒業。卒業後はシャネルや資生堂アメリカなどでメイク製品のマーケティングに携わる。2007年の出産を機にビジネス翻訳家・美容ライターとして活動開始。執筆実績に扶桑社「女子SPA!」「メディアジーン」「cafeglobe」、小学館「美レンジャー」、コンデナスト・ジャパン「VOGUE GIRL」など。海外セレブのファッション・メイク分析が生きがいで、映画のファッションやメイクHow Toを発信中!
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