アカデミー賞作品賞を受賞した『オッペンハイマー』評価は?
編集者レビュー
『オッペンハイマー』2023年3月29日公開
「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーを描いたクリストファー・ノーラン監督の映画。ピュリッツァー賞を受賞したカイ・バード、マーティン・J・シャーウィンによる伝記を基に、人類に原子爆弾をもたらした男の人生を追う。『麦の穂をゆらす風』などのキリアン・マーフィが主演を務め、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jrらが脇を固めている。
編集部・入倉功一 評価:★★★★★
原爆の開発を主導した理論物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの生涯を、彼の抱えた葛藤と共に描く伝記映画。オッペンハイマーの視点から描く主観的なカラーパートと、事象を客観的に捉えるモノクロパートが常に交差する構成は難解だが、スピーディーな編集とオールスターキャストによる濃厚な会話劇で、3時間という上映時間を全く感じさせない。IMAXフィルムカメラと65mmのカラー&モノクロフィルムで撮影された映像が、オッペンハイマーの視点への没入感をより高めている。彼が直接目撃していない事柄を描かなかった点については評価が分かれるだろう。
赤狩り真っ只中の戦後アメリカで、水爆をはじめとする核開発に反対したオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)が、米原子力委員会のストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)と対立する後半のドラマも濃密。キリアンとダウニー・Jrというオスカー受賞組はもちろん、「マンハッタン計画」の最高責任者レズリー・クローヴスを演じたマット・デイモンなど、そのほかの共演陣の存在感にも注目だ。
編集部・市川遥 評価:★★★★★
『メメント』『インセプション』『インターステラー』『TENET テネット』などを筆頭にクリストファー・ノーラン監督がキャリアを通して行ってきた“時間の研究”が、物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画で結実することになるとは思いもよらなかった。時代の違う二つの公聴会を軸に、オッペンハイマーの学生時代から原子爆弾の開発に至る壮年期、赤狩りで全てを失う中年期から晩年まで、時間を前後させながらスリリングに映し出していき、3時間という上映時間は一瞬で過ぎ去る。時間を巻き戻し、早送りし、引き延ばし、ジェットコースターのように急上昇、急旋回、急降下するオッペンハイマーの半生を彼の目を通して体感できるようにビジュアルと音響を使ってデザイン。映画という媒体のポテンシャルをこれほどまでに引き出した手腕に感服する。
原爆とその被害についても真摯に向き合っているが、直接的な被害の描写はなされないため、観る側にある程度の知識があることが前提の作りだ。海外では、CG嫌いのノーラン監督が“実際に撮影現場で原爆を爆発させた”と誤解した人が少なくなかったとも伝えられている。“映画のために原爆を爆発させることが可能”と考えてしまえるほどの知識しか持たない人には、本作が正しく理解されず、ただのエンタメ映画として消費されてしまわないかと少し怖くはある。
『オッペンハイマー』あらすじ
第2次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。これに参加したJ・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。冷戦、赤狩り……激動の時代の波に、オッペンハイマーはのまれてゆくのだった。