オッペンハイマー (2023):映画短評
オッペンハイマー (2023)ライター6人の平均評価: 4.3
「Confusion will be my epitaph」
その男の表情はほとんど、苦渋に満ちている。「トリニティ実験」後になると、より顕著に。冒頭に掲げられるのはギリシャ神話の男神、天界の火を盗んで人間に与え、罰せられたプロメテウスの逸話で、同列とされたオッペンハイマーもまた罪深き「原爆の父」と呼ばれ続けるのだ。
序盤に、彼に霊感を与えたピカソの「座る女(マリー・テレーズ)」が象徴的に映されるが、この作品自体がノーラン監督の“映画のキュビスム志向”の変奏。「オッペンハイマーとアインシュタイン博士の秘密の会話」がファーストシーンとラストでくっきり対になっており、ノーラン監督がフェイバリット作『アラビアのロレンス』の円環構造を意識したのは明白である。
才能と情熱は時として諸刃の剣となる
天才的な物理学者にして、「マンハッタン計画」を主導した原爆の生みの親オッペンハイマーの半生を、鬼才クリストファー・ノーランが映画化した作品。本編とは全く関係のないバーベンハイマー騒動の悪しき影響もあってか、日本公開前から一部の的外れな偏った批判が先行してしまったのは残念だが、時として諸刃の剣となりかねない才能や探求心の危うさ、最先端技術が創造主の手を離れて政治的に利用されてしまうことの怖さを、ノーラン監督らしい多角的な視点と巧妙に計算された構成で描き切る。3時間の長尺も殆んど苦にならないのは立派。トム・コンティやマシュー・モディーンなど懐かしい役者の登場も嬉しい。
ノーラン作品最重量級のパンチ力
第二次世界大戦後の赤狩りの公聴会から過去へとフラッシュバックし、行ったり来たりを繰り返す、ノーラン作品らしい時間軸。そこで描かれる原爆の父オッペンハイマーの苦悩は深く、重い。
量子力学の研究者として天才的な視点を持つも、人類を滅亡させる兵器を作ってしまった主人公。現在と過去を行き来する物語は、栄光のはかなさや後悔の重さを強調するかのよう。
一方で、過去を反省することなく赤狩りという次のフェーズを渡り歩こうとする者もいる。そういう意味では人類の、さらには歴史の愚かさを浮き彫りにした作品。この重厚さを受け止めるには覚悟が要る。
ノーラン監督流の物語構成の技が際立つ
クリストファー・ノーラン監督がこれまでも技巧を凝らしてきた「物語の構造」の面白さが、今回も際立つ。最初から2つの物語が同時進行するのだが、2つ目の物語はストーリーが全体の3分の2くらい進んだ後にやっとはっきりと姿を現し、振り返るとそれが水面下で進行していたことが分かる、という構成の妙。エンディングも巧み。
また、主人公の脳裏に浮かぶイメージを視覚化する映像は、大スクリーンで見る価値あり。冒頭から、主人公の思考の中に溢れる、量子、素粒子といったものの運動のイメージと思われるものがスクリーン全体に出現。やがて、それがどのようなものに変貌するかを、大きなスクリーンで確かめたい。
圧倒的な力強さ
描かれる事柄(描かれていない事柄)から傑作とするかどうかに関しては人それぞれ、多くの意見が出ることは間違いないでしょう。その上で一本の映画として見た時の圧倒的な力強さは否定できないのもまた確かなことです。複雑なキャラクターを演じたキリアン・マーフィー、中盤以降抜群の存在感を示すロバート・ダウニー・Jr、こちらも高評価が納得のエミリー・ブラントの熱演も素晴らしいです。実話映画ではありますがノーラン監督はその中にサスペンス的な演出を盛り込んだことであっという間の3時間となりました。ノーランとしても一段上に昇った感があります。
科学の発展と人間の関係で重要作品。大傑作かどうかは人それぞれ
3時間、緩みなく濃密なドラマが展開する。20世紀の科学の発展と、そこに人間が追いつけなくなった歴史を振り返る意味で人類にとって重要な映画。とくに自ら開発した原爆への悔恨が滲み出ていく終盤は、赤狩りと重なって時に切実に、時に静謐に胸に迫るものがある。
かなりセリフが多いので、観る側の集中力・体力も要求されつつ、展開のテンポが良いので気もそぞろになる時間は少ないかと。
メインのカラー部分はオッペンハイマーの視点のため、原爆被害の実態を彼は目にしていないので「描かなかった」選択は理屈では納得できる。ならば他者視点のシーンと同じくモノクロでもいいから悲惨さを直接的に世界に知らしめてほしかったとは思う。