<作品批評>『セッション』
第87回アカデミー賞
今年度アカデミー賞の作品賞ノミネート作品のなかで、これほど緊張感に満ちた作品は他にないだろう。『アメリカン・スナイパー』もスリリングだったが、戦場という非日常的な題材を扱っていたそちらに対して、こちらは日常的である分、リアリティが宿る。(文・相馬学)
プロのジャズ・ドラマーを目指して名門音楽学校に入学した若者が、鬼教師のハウス・バンドのメンバーに抜擢されたことから恐ろしくハードな特訓を課せられる。正確なビートとして連打される鬼教師のビンタ、正確なリズムを刻み、なおかつ高速で叩くことを要求される体力的な試練、そして鬼教師から発せられる容赦ない罵声。
主人公の青年が積み重ねる努力は血のにじむような……という例えも大げさでなく、本当に手に血がにじんでしまう。鬼教師に必死に食らいつく生徒という構図はスポ根映画に近いものがあるが、『セッション』はそのレベルで観客を落ち着かせてはくれない。教師VS生徒のせめぎ合いは師弟愛という予定調和に発展せず、音楽という両者の接点を保ちつつも逆に憎み合いへと転がっていくのだ。
鬼教師を演じたJ・K・シモンズはアカデミー賞助演男優賞の最有力候補と言われているが、それも納得の怪演。『愛と青春の旅だち』で同賞を受賞したルイス・ゴセット・Jr、『フルメタル・ジャケット』のR・リー・アーメイをほうふつさせながらも、彼ら以上に人間的な脆さを表現してみせるのだから、賞レースを席巻しているのも納得がいく。かつての教え子をストレス障害に追い込んだほどの鬼っぷりは、見る者を震え上がらせるに違いない。
そんなシモンズが劇中で語る印象深いセリフのひとつに「“グッド・ジョブ(よくやった)”と言うだけでは、チャーリー・パーカーのように偉大なミュージシャンは生まれない」というのがある。そんな教師と戦うために、主人公は“ファック・ユー(くたばれ!)”という言葉を口にする。これはミュージシャンとして対等な立場でステージに立つ闘争宣言でもある。“褒められて伸びるタイプだから……”などと甘えたことを自称する人間に、この凄みが伝わるかどうかはわからないが、師弟愛という言葉さえ生っちょろく響く、音楽業界内における生きるか・死ぬかの壮絶なバトルは強烈だ。全編を貫く緊張感は、まさにそこからやってくる。