伊藤健太郎、悔しさが原動力
ドラマ「今日から俺は!!」での好演も記憶に新しく、第42回日本アカデミー賞では新人俳優賞と話題賞俳優部門のダブル受賞を果たすなど、22歳の若手俳優・伊藤健太郎が大躍進中だ。漫画家・押見修造の代表作を映画化した『惡の華』(公開中)では、身も心もさらけ出して思春期の鬱屈を体現した。「今は俳優としての武器はない」と率直な胸の内を語り、将来に向けて「いろいろな武器を持っていられるように、たくさんの挑戦をしたい」と情熱を燃やす伊藤の原動力は「悔しさ」だという。
人気漫画を井口昇監督が映画化した本作。中学2年生の春日(伊藤)が、憧れのクラスメート・佐伯(秋田汐梨)の体操着を盗み、そのことをきっかけにクラスの問題児・仲村(玉城ティナ)とある種の絆で結ばれていく姿を描く。原作に込められた、思春期のモヤモヤが爆発する衝撃的な描写もしっかりと映像化され、春日役の伊藤は、女子のブルマーの匂いを嗅いだり、馬乗りになった仲村に罵倒されたりと、演じる上では覚悟を要したのではと感じるシーンも多い。
「僕にとっても新境地であり、挑戦的な役でした」と語る伊藤。ぜひやってみたいと思ったのは、「大好きな監督」と敬愛する井口監督の存在が大きい。『覚悟はいいかそこの女子。』に続いてのタッグとなり、「井口監督が6、7年くらい『やりたい』と温めていた大事な作品だという話もうかがっていたので、井口監督が僕に主人公の春日を任せてくださったのはものすごくありがたく、うれしかったです。『全力でやらせていただきます』と監督に伝え、撮影に入る前はワクワクしていました」と臆することなく飛び込んだ。
撮影当時21歳の伊藤は、中学生になりきるために禁酒をし、監督のリクエストを受けて全身の毛を剃って臨んだという。「自分を追い込まないと、演じることができない役。思春期の葛藤やモヤモヤを出すためにはどうしたらいいんだろうと考えた」と役づくりには苦労も多かった様子だが、撮影初日にしっかりと役を掴んだと明かす。
「天候の関係で、ブルマーの匂いを嗅ぐシーンを最初に撮影したんです。もちろん僕にはそんな経験もないですし、脳みそで考えても限界があった。でも“匂いを嗅ぐ”という行為で、体が春日を理解してくれた。このシーンから撮影に入れたのは大きかったです」と振り返り、「こういった作品は、なかなか出会えるものではない。すごくいい経験をさせてもらいました」と充実感をにじませる。
初主演を果たした舞台「春のめざめ」でも、思春期の悩みをむき出しにする役どころを演じていた。意欲的な作品が続いており、「20代はいろいろな刺激を受けていきたい。何事もやってみなければわからないので、あまり不安に思わず、壁に向かっていきたい」と体当たりの精神で立ち向かっている。
「今日から俺は!!」で幅広い層から支持を集めたが、ブレイクの実感は「全然ない」と照れ笑い。「声をかけていただくことも増えましたが、自分の心がそれについて行っていない感覚です。でも作品を観ていただいた方に喜んでもらったり、笑ってもらったり、そういったことは本当に大きな力になっています」と話す。
観客の声とともに、彼の大きな原動力になっているのが“悔しさ”。俳優デビュー時に蜷川幸雄さんの舞台のオーディションを受け、同年代の役者たちが芝居に打ち込む姿を見て、何の準備もせずに挑んだ自分に「悔しい」と感じたそう。「毎回自分の作品を観て『まだまだだな、悔しい』と思う。他の役者さんの芝居を見て『悔しい』と思うこともあります。芝居には正解がないので、そうやって前に進んでいます」と今でも悔しさはパワーとなっている。また「僕、飽き性なんです。好奇心旺盛なくせにすぐ飽きる(笑)。でもなぜか、芝居だけは飽きずに続けられている」とも。「これまで、要領がいいと言われることが多くて。自分で言うのもなんですが、スポーツでもなんでも、少し練習するとちょっとできてしまったり。でも唯一できないものが芝居だった。だからこそ、惹かれているんだと思います」と情熱の理由を語る。
転機は「『コーヒーが冷めないうちに』で、塚原(あゆ子)監督から『あなたは見ている人を幸せにすることができる俳優さんになれます』と言っていただいたこと」と告白。「ものすごくうれしくて、僕が理想とする役者像ってそういうことだなと思った。その言葉を支えに頑張っています」とまっすぐな眼差しを見せる。清々しく、チャレンジを続ける伊藤健太郎のこれからがますます楽しみだ。(取材・文:成田おり枝)