略歴: 茨城県出身。スポーツ紙記者を経てフリーの映画ジャーナリストに。全国商工新聞、月刊スカパー!(ぴあ)、時事通信などに執筆中。
近況: 映画祭で国内外を飛び回っているうちに”乗り鉄”であることに気づき、全国商工新聞で「乗りテツおはるの全国漫遊記」を連載。旅ブログ(ちょこっと映画)もぼちぼち書いてます。
黒沢清監督のセルフリメイクで再脚光を浴びる『蛇の道』(98)同様に、哀川翔主演なら何でもアリで企画が通ったと言われるビデオ映画がアツかった時代を象徴する作品だ。限られた予算の中、アーティシズムと遊び心を忘れずに創造の羽根を思いっきり広げた製作陣。彼らが作り上げたあり得ない世界を動じずに受け止め、有無を言わせず観客を納得させてしまう帝王・哀川の凄み。奇抜のようで、的確なカメラワークと演出で唸らざるを得ない画力の強さ。”世界の三池”の片鱗が間違いなく刻まれている。製作から21年。何かと正当性が求められる今、本作が放つ異彩さは一層輝きを増している。
要約すれば、娘を救うために、町工場の親父が医療機器の開発を行なった奇跡の実話であり、家族愛の物語だ。だがこれまで社会派作品を数多く手がけてきた林民夫氏の脚本は、畑違いの男が、なぜ自ら開発に乗り出さなければならなかったのか? なぜこれだけの時間と金を要したのか?という、モデルとなった筒井宣政氏の前に常に立ちはだかる医学界の現実に力が注がれており、感動秘話として消化させまいとする製作陣の意思が見える。特に、本作で描かれている大学病院における研究時間と予算の減少は当時よりさらに危機感が増している問題だ。この物語が今、作られることの意義を感じずにはいられない。
本作は、ロシアのマリウポリ侵攻の最前線にいた記者たちのリアルな記録というだけではない。ロシアが国際人道法を無視して、産婦人科病棟の母子たちをはじめとする民間人を攻撃した貴重な証拠映像であり、一方で、命懸けで取材したその情報が、大きな力によって”フェイク・ニュース”のレッテルを貼られ、瞬く間に”真実”として世界に流布される情報社会の恐ろしさを見せつける。劇中にも登場するロシアの国連大使は「情報戦を制するものが戦争に勝つ」と、今も昔も変わらぬ首脳たちの常套手段を堂々と言い放つ。その術中に陥らない為に我々は何をすべきか? 重い問いを突きつけるのだ。
背景まで繊細に、びっしり情報が描き込まれた日本のアニメを見慣れた我々にとっては、シンプルな線画とカラフルな色使いで表現された本作は、新鮮に映るに違いない。だが、シンプルだからこそ、キャラクターの表情の豊かさや躍動感といった技術の高さが際立つ。そして登場人物を色分けすることで、この社会は、様々なバックボーンを持つ”個”で形成されていることを伝える。その中で本作がクローズアップしたのが母娘家庭。母娘関係がうまくいかず理不尽に子どもを叱責する、そんな子育て”あるある”も盛り込まれている。声高には言わないが、同じような悩みを抱えた人たちに、そっとエールを送る良作だ。
ファストファッションがもたらす衣料品工場での過酷な労働環境に目を向けたドキュメンタリーはこれまでもあった。それは、実態を表沙汰にすることで私たちにエシカル消費を促す意義あるものに違いないが、一方で私たちに”可哀想な人たち”という印象を植え付ける。だが王兵監督のフラットな目線がそれを覆す。出来高制の職場では競ってミシンを動かし、男女が入り混じって寝食を共にする環境は恋も生まれればいざこざも招く。確かにここには彼らの青春がある。同時に、服の原価や彼らの給与を明確に提示しながらの賃上げ交渉場面をしっかりカメラに捉え、消費社会の皺寄せを晒すことも忘れない。強かに社会を映す王兵、健在なり。