リンダはチキンがたべたい! (2023):映画短評
リンダはチキンがたべたい! (2023)ライター6人の平均評価: 3.5
全世界のシングルマザーへの応援歌
背景まで繊細に、びっしり情報が描き込まれた日本のアニメを見慣れた我々にとっては、シンプルな線画とカラフルな色使いで表現された本作は、新鮮に映るに違いない。だが、シンプルだからこそ、キャラクターの表情の豊かさや躍動感といった技術の高さが際立つ。そして登場人物を色分けすることで、この社会は、様々なバックボーンを持つ”個”で形成されていることを伝える。その中で本作がクローズアップしたのが母娘家庭。母娘関係がうまくいかず理不尽に子どもを叱責する、そんな子育て”あるある”も盛り込まれている。声高には言わないが、同じような悩みを抱えた人たちに、そっとエールを送る良作だ。
社会派的な視点と自由な映像表現のバランスも見事な仏アニメ
8歳の娘リンダから「死んだパパの得意料理パプリカ・チキンを食べたい!」と要求された母親ポレット。ところが、運悪くストライキでどこの商店も閉まっていたことから、食材のチキンを手に入れるため母と娘の奇想天外な大冒険が始まる。実写ドキュメンタリー出身のキアラ・マルタ監督が、自分の子供に見せたいアニメがないからと、アニメ作家である夫セバスチャン・ローデンバックとタッグを組んだ作品。郊外の団地に住む貧しいシンママ家庭の日常を題材にしたリアルで社会派的な視点と、アニメでしか成し得ない自由で独創的で躍動感あふれる映像表現の見事なバランスは、そんな夫婦の共同作業の賜物なのだろう。大人も必見である。
自由に、躍動的に輝くアニメーション
フリーハンドで描いたような線と、シンプルかつメリハリの効いた色彩。CGアニメの逆を行くアナログ感覚が、まず目を引く。
通常のアニメ制作とは異なり、まずセリフを収録してから作画に取りかかったとのこと。ビジュアルが生き生きとしているのは、その効果もあるのだろう。何が何でもチキンを食べたい、そんな子ども心の自由な欲求が躍動的にとらえられている。
監督は子どもに見せるために作ったというが大人が見ても面白く、心の暗闇から引き出される記憶や食肉に関する考察など、興味深い要素も。物語のリズムがそのまま重なり、加速する音楽も巧い。
わんぱくでキュートな驚異のバンリュー(郊外)系アニメーション
アヌシー最高賞&カンヌACID選出など華麗な戦歴で話題のフレンチアニメだが、確かにユニークな傑作。主人公は郊外の団地に住む母娘で、つまりバンリュー映画の系譜。8歳の少女リンダは亡き父親の得意料理を食べたい!と母ポレットに迫るのだが、それがハンガリー料理のパプリカチキンなのだ。
街では「賃金上げろ!」と労働者達のストライキが巻き起こっている。もうナチュラルに社会派。そして作画が独特。絵柄自体は『タンタン』風にも見えるが、ラフ原画の如く線は省略され、人物は異なる単色で塗り分けられている。全体はドタバタ喜劇のノリにミュージカル調も付与。監督夫妻が参照した一本に『地下鉄のザジ』を挙げているのは納得!
輪郭のない"色彩"で描かれる世界が楽しい
色彩を愉しむアニメーション映画。ストーリーはあり、リンダとその母親が、ストライキで食肉店が休業中の状況下で、チキン料理を作ろうと試行錯誤する物語だが、それは街や田舎、さまざまな人々を登場させるための設定。人物や風景の表現に"線"は使われるが、輪郭はなく、色彩が自在に変化する。それでいて人物たちの行動も感情も鮮やか。
そういう表現なので、リンダのアパートで暮らす人々の人種の多様性は、名前から推測されるが、形や色彩からは分からない。また、ミュージカル風に挿入歌があり、曲調によって映像のデザインのタッチが変わるのも楽しい。監督コンビは幼い娘のために製作したとのことで、幼児が見ても楽しめそうだ。
リアルな動きとシンプル&カラフルな画風の独特な陶酔感
キャラクターの動きだけ観ていると、実写のようにリアル。一方でアニメーションとしての画風は、省略型の超シンプルな線で構成され、その妙なバランスが独特の味を醸し出す。不思議な感覚にこちらの身体が馴染めば、後半はちょっとした陶酔の域に達するかも。画風に乗れるか乗れないかは、ある程度、意見が分かれるかもしれないが。
各キャラが、それぞれ「色」を与えられ、フランス社会の多様性を表現するのも映画らしい。特に多数が入り乱れるクライマックスはカラフルの洪水。視覚による圧倒感が半端ない。
主人公リンダの強い思い込みに共感できれば(ここも分かれ目)、ジェットコースターのような物語の流れに軽やかに身を任せられる。