略歴: 映画評論家。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『シネ・アーティスト伝説』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「キネマ旬報」「Numero TOKYO 」などでも定期的に執筆中。※illustrated by トチハラユミ画伯。
近況: YouTubeチャンネル『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。10月6日より、空音央監督(『HAPPYEND』)の回を配信中。ほか、奥山大史監督(『ぼくのお日さま』)、深田晃司監督(『めくらやなぎと眠る女』日本語版演出)、クォン・ヘヒョさん(『WALK UP』主演)、二ノ宮隆太郎監督(『若武者』)、吉田恵輔監督(『ミッシング』)、山下敦弘監督(『水深ゼロメートルから』)、荒木伸二監督(『ペナルティループ』)、井上淳一監督(『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』)、三宅唱監督(『夜明けのすべて』)、山本英監督(『熱のあとに』の回等々を配信中。アーカイブ動画は全ていつでも観れます。
快作。SNS時代の承認欲求の闇と怪を抉り出した『シック・オブ・マイセルフ』のクリストファー・ボルグリ監督が、「名声/炎上」という主題を視覚的な面白さに繋げて2020sのカフカ的不条理コメディを放った。
質を押し上げたのはN・ケイジの個人力がやはり大きい。A24では『MEN 同じ顔の男たち』を連想し、YMO『増殖』も想起するが、補助線を引きたいのはケイジが双子の兄弟(チャーリー・カウフマン&架空の弟)を一人二役で演じた『アダプテーション』。ペルソナや自己同一性を巡る混乱の悲喜劇に彼の見た目も演技力も最高にハマる。特に哀愁の表情が抜群。『ストップ・メイキング・センス』ネタには泣き笑い。
シンガポールの気鋭、アンソニー・チェン監督(84年生)が異邦人の視座を活かした鮮烈で瑞々しい青春映画を放った。舞台は北朝鮮との国境に近い延吉。中国の東北地方、吉林省の朝鮮族自治州だ。異質の文化がミックスされたこの街で浮遊する男女3人を、オムニバス映画『永遠に続く嵐の年』でも組んだチョウ・ドンユイら人気キャストが演じる。
『突然炎のごとく』や『はなればなれに』を参照した「女1:男2」の図式など定番的だが、彼らのアイデンティティの不定形な揺れが、延吉の特殊な地理性と巧く呼応する。漢字とハングルの交ざる都市空間が心象風景的な抽象性を帯び、後半のスピリチュアルな領域に入っていく展開も無理がない。
女子ボート部と言えば『がんばっていきまっしょい』だが、こちらは恐ろしくダークでフリーキーな世界が展開する。これが初監督となる新鋭ローレン・ハダウェイ(89年生)が音響デザインで参加した『セッション』、さらに『ブラック・スワン』との類似が指摘されているが、本作が扱うのはコーチのパワハラではない。主人公が自ら狂気の淵に突き進んでいくのだ。
おのれに強烈な負担を掛け、陶酔的に心身の破壊へと突き進む学生アスリート。決して勝利へのこだわりでもなく、自傷衝動にも似た奇矯で陰鬱な情熱への中毒性が伝わる。監督いわく「非論理的な執着」であり、クィアあるいはノンバイナリーな性愛の形がそこに絡む。格別の怪傑作だ。
OPの「SHOT ON KODAK」クレジットにまず痺れる。世界的な新潮流にもなっている16mmフィルムの魔法。『未来少年コナン』をこよなく愛する新鋭監督ウェストン・ラズーリ(90年生)が描くダートバイクキッズの日常冒険譚。特にアートワーク&デザインセンスの良さが光り、サイケデリア感覚も効いている。
70年代辺りのインディ映画ともテレフィーチャー調とも呼べる質感の中、『隠し砦の三悪人』『紅の豚』や大友克洋など日本ものの引用も楽しい。77年の全米ヒット曲、プレイヤーの「Baby Come Back」という唐突な選曲も絶妙。実はカルト集団に生まれ育った少女を救出するお話だったりするのも興味深い。
『フィールズ・グッド・マン』が扱った凶悪なインターネット・ミーム化したカエルのペペ――。それに近い程、T・フィリップス監督にとって前作『ジョーカー』が引き起こした現象は想定外の域だったのか。社会に抑圧された者の怒りや悲しみから、テロルの回路を無邪気に開いてしまう「隙」。その事態を重く見た彼は自分達が生んだ漆黒の神話を破壊する裏返しの続編を放った。
基本はジュークボックス・ミュージカルだが、同時に前作と対の形に設計されているのがよく判る。“My Shadow”の側を体現するレディー・ガガも良し。そしてジョーカーが生んだものをアーサーという無垢な人間の側に戻していくホアキンの演技がやはり圧巻だ。