略歴: 映画評論家。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『シネ・アーティスト伝説』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「キネマ旬報」「Numero TOKYO 」などでも定期的に執筆中。※illustrated by トチハラユミ画伯。
近況: YouTubeチャンネル『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。11月2日より、ウェストン・ラズーリ監督(『リトル・ワンダーズ』)の回を配信中。ほか、想田和弘監督(『五香宮の猫』)、空音央監督(『HAPPYEND』)、奥山大史監督(『ぼくのお日さま』)、深田晃司監督(『めくらやなぎと眠る女』日本語版演出)、クォン・ヘヒョさん(『WALK UP』主演)の回等々を配信中。アーカイブ動画は全ていつでも観れます。
ヤバいくらい泣ける。台詞なしのアニメーション。米の作家サラ・バロンの同名グラフィックノベルに感動したという『ブランカニエベス』等のP・ベルヘル監督がアニメ初挑戦。80年代NYの街並みや、夏の終わりと共に閉鎖されるビーチなどの情景をしっかり描く実写的アプローチがリアルな感情表現をシンプルな線の世界にもたらす。
擬人化された犬と商品としての友達ロボット。本作が描くのは『her』にも通じる都市生活者の孤独であり、すれ違いのラブストーリーだ。『オズの魔法使』の引用もあるが、最も連想するのは監督が影響を受けたと言及するチャップリン。実際『キッド』や『街の灯』に匹敵する語り口の洗練がある。驚きの傑作!
コロナ禍の閉塞や混沌が色濃く反映されたであろう充実の近未来系で、アナログとデジタルを組み合わせた特殊効果も上々の出来。“ハリウッドの向こうを張る“仏製エンタメとしては久々の大玉ではないか。ゾンビ物の変奏とも言えるが、アニマライズのモチーフで風刺は繊細になり、手塚治虫の『バンパイヤ』や岩明均の『寄生獣』など日本の漫画も連想する。
ボディホラー的な身体変容が見せ場となるが、親子の物語としても感動的。トマ・カイエ監督は小津安二郎の『父ありき』からインスパイアされたらしい。息子エミールの名前は、自然回帰を説いたルソーの名著『エミール』からか。ドラマシリーズっぽい語り口でもあるので続編も期待したい。
快作。SNS時代の承認欲求の闇と怪を抉り出した『シック・オブ・マイセルフ』のクリストファー・ボルグリ監督が、「名声/炎上」という主題を視覚的な面白さに繋げて2020sのカフカ的不条理コメディを放った。
質を押し上げたのはN・ケイジの個人力がやはり大きい。A24では『MEN 同じ顔の男たち』を連想し、YMO『増殖』も想起するが、補助線を引きたいのはケイジが双子の兄弟(チャーリー・カウフマン&架空の弟)を一人二役で演じた『アダプテーション』。ペルソナや自己同一性を巡る混乱の悲喜劇に彼の見た目も演技力も最高にハマる。特に哀愁の表情が抜群。『ストップ・メイキング・センス』ネタには泣き笑い。
シンガポールの気鋭、アンソニー・チェン監督(84年生)が異邦人の視座を活かした鮮烈で瑞々しい青春映画を放った。舞台は北朝鮮との国境に近い延吉。中国の東北地方、吉林省の朝鮮族自治州だ。異質の文化がミックスされたこの街で浮遊する男女3人を、オムニバス映画『永遠に続く嵐の年』でも組んだチョウ・ドンユイら人気キャストが演じる。
『突然炎のごとく』や『はなればなれに』を参照した「女1:男2」の図式など定番的だが、彼らのアイデンティティの不定形な揺れが、延吉の特殊な地理性と巧く呼応する。漢字とハングルの交ざる都市空間が心象風景的な抽象性を帯び、後半のスピリチュアルな領域に入っていく展開も無理がない。
女子ボート部と言えば『がんばっていきまっしょい』だが、こちらは恐ろしくダークでフリーキーな世界が展開する。これが初監督となる新鋭ローレン・ハダウェイ(89年生)が音響デザインで参加した『セッション』、さらに『ブラック・スワン』との類似が指摘されているが、本作が扱うのはコーチのパワハラではない。主人公が自ら狂気の淵に突き進んでいくのだ。
おのれに強烈な負担を掛け、陶酔的に心身の破壊へと突き進む学生アスリート。決して勝利へのこだわりでもなく、自傷衝動にも似た奇矯で陰鬱な情熱への中毒性が伝わる。監督いわく「非論理的な執着」であり、クィアあるいはノンバイナリーな性愛の形がそこに絡む。格別の怪傑作だ。