君は行く先を知らない (2021)：映画短評

イラン人一家が車に乗り込みひたすら荒野を駆ける。観客もまたいっこうに行先も物語も見えない(何も起こらないのに面白いというのはイラン映画ならではかも)。ただ何者かに追われる影があるし、兄はひたすら無表情なのが気にかかるが、映画好きでもあるようで「禅のような『2001年宇宙の旅』が大好き」と言ったりもする。時に画面の3/4を占める雲景広がる空などが見え、色々と物語を想像させはするが本当の終盤に至るまで話は見えてこないのだ。ちなみにこれはジャファル・パナヒの息子の作品。一台の車の中で物語が展開するというのは父ならびに父の師キアロスタミを想起させるけど、いずれとも異なるロード・ムーヴィになっている。

　舞台は市民の自由が制限されたイラン。平凡な一家が田舎道で車を走らせている。一見したところ週末の楽しい家族旅行。しかし、よく見ていると明らかに様子がおかしい。幼い末っ子が隠し持っていた携帯電話を慌てて棄てる両親。尾行にもかなり神経を使っている。いったい彼らはどんな事情を抱え、何のために何処へ向かっているのか？結論から言うと、成人した長男をトルコ国境から外国へ亡命させようとしているのだが、しかしイラン当局の厳しい検閲をパスするために劇中ではハッキリと言及されず、それどころか背景事情も含めて多くのディテールが観客の想像に委ねられる。それゆえハードルは高めだが、しかしだからこそ味わいも深い秀作だ。