はこぶね (2022):映画短評
はこぶね (2022)ライター2人の平均評価: 4
喜怒哀楽を乗せて、私の、あなたの方舟は進む
舞台となるのは過疎化の港町。そこに、帰省の度に実感する田舎の寂れが重なった。リアルを感じる最初の部分。
寂れの町でも人は生きている。目の不自由な主人公はもちろん、一時的に帰省した女性も、漁業を営む人も、町を去ることを決断した人も、それぞれの“はこぶね”を漕いで各々の方向に進む。そんな海辺の人間模様を詩的にスケッチしつつ、喜怒哀楽のどこにも偏らないバランス感覚が美しい。
さらなるリアルをあたえるのが、主演・木村知貴の存在感。映画的な”顔”の魅力に加え、安直な同情を許さないキャラの作り込みに唸った。目の不自由な人間の不便を丁寧に構築した、大西諒監督の手腕も注目に値する。
小さな世界を、隅々まで感知してみること
港町のバス停で、目の見えない西村(木村知貴)は「声」でかつての同級生・碧(高見こころ)の存在を察知する。ふとチャップリンの『街の灯』も頭をよぎるが、新鋭監督の大西諒が試みるのは「目」以外の感度や認識のレベルを上げ、知覚の扉を開放した様に生活の風景をスケッチする事だ。
東京で役者を続ける碧は、母親から「若いうちが花」的な忠告を受ける。本作では加齢や老いも、途中失明や認知症と同じラインにあるのが興味深い。確かに我々は誰もが時間と共に身体の機能が減じていく。しかし失われた分、別の何かが発動して世界をもっと繊細に捉え直すことができるかも。西村の日常的冒険には、そんな穏やかな楽観性が詩的に漂っている。