2度目のはなればなれ (2023):映画短評
2度目のはなればなれ (2023)ライター6人の平均評価: 3.7
レジェンダリーな英国俳優二人の有終の美
有終の美である。レジェンダリーな2人の英国俳優、歴史的再共演を果たしたグレンダ・ジャクソンとマイケル・ケインのラスト・ムービーはチャーミングでありながら、史実を踏まえた「加害と贖罪」へと言及してゆく内省的な作品に。とにかく両者が画面に登場するだけで、胸が熱くなる。
D-DAYの記念式典にケインと共に行動、ジョン・スタンディング扮する空軍退役軍人が諳んじる、戦争詩人チャールズ・コーズリー(1917-2003)の「バイユーの英国兵士の墓地で」が何気に往時を示唆する。そこでカメラが引いていき、無数の墓地を映し出す場面は英国産反戦ミュージカル映画の傑作『素晴らしき戦争』(69)のラストを思わせた。
「通常運転」にこそ強く胸を打たれる
J・ロージー監督の『愛と哀しみのエリザベス』(75年)以来、2度目の夫婦役で名優同士が共演。昨年87歳で逝去したグレンダ・ジャクソン(労働党の政治家として活躍する前、1970年頃は英国の新しい女性像を体現する俳優だった)は遺作に、3歳年長のマイケル・ケインは引退作に。それでも全く気負いのない姿に感動せずにいられない。
老夫婦の物語としては『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』と共通する要素を持ちつつ、戦争のPTSDが主題となる。平易なフラッシュバックを用いて語られるD-DAYの記念式典という祝賀の裏にある消えない巨大な痛み。歴史/現実を語り継ぐ大切さが主演2人の素晴らしく個的な在り様に重なる。
老夫婦の「ブライトン・ビーチ回顧録」
若き日の2人の思い出もフラッシュバックされることで、『君に読む物語』のような夫婦愛で泣かせるのかと思いきや、それだけではない。戦争によるトラウマや苦悩と戦い続ける老人たちの心理を描いた反戦映画として、観客に強く訴えてくる。もちろん、主人公が記念式典に参加するために暴走するロードムービーとしての面白さもあるが、センスの塊といえる名優マイケル・ケインの引退作だけに、いろんな意味で落とし前をつけているのも伺える。同じ第二次世界大戦が舞台の『大脱走(The Great Escape)』をモジって、マスコミが主人公を評した「The Great Escaper」を原題にしたセンスに、★おまけ。
名優たちのキャリアの最後を飾るに相応しい小品佳作
フランスで行われるノルマンディ上陸作戦70周年記念式典に参加すべく、愛妻の協力でケアホームをこっそりと脱走した老人の実話。いやあ、これが実に良かった!老人がそこまでしてフランス行きを望んだのは、亡き戦友が眠る戦死者墓地を参拝するため。妻にすら戦場での体験を殆んど語らない彼は、同世代の若者が大勢命を落とした先の大戦で、果たして生き残ったのが自分で本当に良かったのか、戦友の死は自分のせいじゃないかと罪の意識をずっと抱えてきたのだ。戦死者墓地に並ぶ無数の墓を前に、老人が漏らす「なんと無駄な死か!」という言葉が重たい。戦争の悲惨さと生命の尊さを、人生の終わりに近づいた老人の視点から描く小品佳作だ。
老いても魅力的な2人の背後で、空も海も美しい
高齢者施設で暮らす老いた夫と妻、2人の在り方に魅了される。老いを拒否することなく受け入れつつ、しかし誇りとユーモア感覚を失わない。それまでの人生を振り返り、些細なことしかしていないがそれでいい、と肯定することができる。そんな2人を、本作撮影後の2023年に死去したグレンダ・ジャクソンと、すでに俳優業の引退を宣言しているマイケル・ケインが演じて魅せる。2人の背後の浜辺も空も美しい。
そうした美しい物語でありながら、静かな反戦映画でもあるところが、本作の凄み。主人公は穏やかな日々を送るが、彼が若い頃に戦場で負った心の傷は、ずっと癒されることがない。戦争の無惨さが心に染みる。
名優の“最後”の姿は有無を言わさず瞼にやきつく
これが遺作のG・ジャクソンはともかく、マイケル・ケインが本作で引退宣言と聞けば、どんな覚悟で臨んだか。その一挙一動、わずかな表情変化にも集中して鑑賞。演じた役が時折、足がおぼつかなくなるのは演技か、ケインそのものか。そんな哀切な感情にも支配され、単なる映画というより俳優のキャリアを重ねてしまう意味で珠玉作。
過去を演じた2人が、主演2人の若き日とそんなに似ておらず、そこはむしろ映画的記憶が消され清々しく観られた。主人公の秘められた愛にも思いを馳せる。
1カ所、引っかかる日本語字幕が。その訳にしたい映画会社の気持ちも汲み取れるが、字幕本来の目的を逸脱してないか。観ていて感情の流れが止まったので。