ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー (2023):映画短評
ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー (2023)ライター3人の平均評価: 4
ファッション業界の寵児はなぜ暴言事件で転落したのか
ファッション業界の寵児として一世を風靡した大物デザイナー、ジョン・ガリアーノが、それこそ聞くに堪えないほど酷いユダヤ人差別発言で逮捕されたというニュースに、筆者も当時は大きなショックを受けた。あれから約十数年を経て作られた本作は、ガリアーノ本人や友人・関係者らの証言をもとに、彼の華々しいキャリアの光と影を浮き彫りにするドキュメンタリー。やはり最大の話題は例の暴言事件だ。なぜあんな発言をしてしまったのか、ガリアーノ自身の釈明は時として言い訳にも聞こえるが、しかしその一方で我々の誰もが多かれ少なかれ抱えている偏見や差別意識についても考えさせられる。そういう意味で、他人事で済ませてはいけない話だ。
会話のきっかけを作る興味深いドキュメンタリー
映画に、これは複雑な人物の複雑な話という言葉が出てくる。欠点のある人間の数奇な人生物語と言ってもいいだろう。暴言、人種差別発言で有罪判決を受け、華やかなキャリアを失ったガリアーノ。当時、酒と薬に依存していた本人は、その夜何が起きたのかすら覚えていない。依存症は、病気だ。でも、だからと言って許されて良いのか。映画は、ガリアーノ本人を中心に、彼を良く知る人たち、被害者や弁護士など、多くの人々の視点からそのことを見つめていく。この核心の部分に入っていくまでに、時間をかけて彼が頂点に駆け上った頃を描いているのも、原題通り「High」と「Low」を比較する上で効果的。考えさせ、会話のきっかけを作る作品。
『TAR/ター』と関連する補助線としても捉えたい
数多いファッション系ドキュメンタリーの中でも名声の光と影を描いたものとして、同時代を生きた英国・労働者階級出身のデザイナー、A・マックイーンを追った『マックイーン:モードの反逆児』(18年)と重なる。本作の核は2011年、ガリアーノが放った差別発言による大炎上だが、その裏には心身の激しい疲弊があった。
キャンセルカルチャーにまつわる問題のひとつに、政治的無知をどう扱うかとのアポリアがある。かつて天才は浮き世離れした無邪気なキャラでOKだったが、今は「知らないでは済まされない」世の中になった。そんな風潮の中で規格外の才能はいかに受容/保護されるべきか。社会派のK・マクドナルド監督らしい視座だ。