第24回 イッツ・オール・トゥルー国際ドキュメンタリー映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
ただ今、サッカーのワールドカップが開催中のブラジルですが、国際ドキュメンタリー映画祭も開催中です。その名もオーソン・ウェルズ監督が同国で撮影したドキュメンタリー映画と同じ英語タイトル(It's All True)を持つイッツ・オール・トゥルー国際ドキュメンタリー映画祭。2014年4月3日から7月27日までブラジル各都市を巡回上映する第19回大会に参加した、映画『祭の馬』の松林要樹監督がレポートします。(取材・文:中山治美 写真:松林要樹、イッツ・オール・トゥルー国際ドキュメンタリー映画祭)
イッツ・オール・トゥルー国際ドキュメンタリー映画祭公式サイト
5都市巡回!入場無料!
同映画祭は、1996年に批評家のアミール・ラバキが創設。サンパウロ、リオデジャネイロ、ブラジリア、ベロオリゾンテ、カンピーナスと巡回上映する。今回は26か国から77作品が上映され、ブラジル長編・中編コンペティション部門の最高賞には11万レアル(約495万円)、同短編部門には1万レアル(約45万円)が贈られ、同国の映像作家の育成が大きな目的となっている。(1レアル45円計算)
ブラジル銀行らがスポンサーとなっており、全作入場無料。サンパウロ会場は銀行の2階にあるブラジル銀行文化センターと商業地区のパウリスタにあるヘゼルバクルトラル(直訳すると“文化を予約する”の意味の文化複合施設)だ。「日本で例えれば、新宿のメガバンクに映画館があるような感じでしょうか。でも無料だからといって客質が落ちるようなことはなく、ある程度裕福で映画好きな人が支持している印象を受けました」(松林監督)
故・今村昌平監督を特集
今年は今村昌平監督特集が行われ、『人間蒸発』(1967)、『からゆきさん』(1973)をはじめとする棄民シリーズなど6作品が上映された。今村監督の長男・天願大介監督が現地入りできなかったことから、今村監督が創設した日本映画学校(現・日本映画大学)出身の松林監督に白羽の矢が立った。1970年代後半まで、日本映画を上映する映画館は人気があり、今村監督の『復讐するは我にあり』(1979)も公開されたとか。しかしドキュメンタリーは希少かつ衝撃的だったようで『人間蒸発』上映後は「この監督はプライバシーをどう考えているのか?」と詰問されたという。
「監督が著書『映画は狂気の旅である‐私の履歴書‐』で述べていた“人間の真髄に切り込む作業は、極端に言えばプライバシーの侵害なしにありえない”という言葉を借りて説明したら、観客から驚きと笑いが起こっていました」(松林監督)。松林監督はサンパウロとリオ会場でゲスト解説者を務めた。
日系人が多数来場
松林監督が震災を生き延びた南相馬の馬に寄り添った映画『祭の馬』も招待上映された。同作品がアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭に選出された際、海外セールスの藤岡朝子さんが本映画祭のプログラマーにDVDを渡したのがきっかけだ。その際、藤岡さんは今村特集が行われると知り、さりげなく松林監督が直弟子であるとアピールしたことも今回の上映につながったようだ。
上映当日、映画祭の告知はあまりしていなかったにもかかわらず、多数の日系人が駆け付けてくれたという。「皆さんやはり、福島第一原発事故のことがとても気になっているようでした。上映後も、劇場ロビーで観客の皆さんと話していたのですが、わたしの作品だけでなくどの映画も作品ゲストを囲んでの輪ができていました」(松林監督)
ブラジルの“今”を実感
会期中、松林監督が感銘を受けたのが、招待作品のティアゴ・タンベリ監督『20センタボス(原題) / 20sentavos』(ブラジル)。昨年6月、バスと地下鉄の料金が20センタボス(約9円)値上げされたことが発端となったデモの様子を撮った53分の中編だ。(1センタボス0.45円計算)
「前半はデモ参加者の義憤で、後半は彼らが強盗や放火など暴徒化していく過程を、ダイレクトシネマ方式(※ナレーションを入れず事実をそのまま伝える方法)で撮っています。恐らく監督も、ここまでデモ参加者が暴走していくことは予測していなかったでしょう。それでも、民衆の怒りが変化していく様を、客観的に捉えようとしている視線が良いなと思いました」(松林監督)。ブラジルは2016年に五輪も控えており、大イベントに税金を注ぐ、民衆の憤りを記録した同様のドキュメンタリーが続々と誕生しそうだ。
中東経由がトレンド
一昔前、南米には米国経由で入るのが一般的だったが、最近は低価格と利便性で中東経由が人気。松林監督もカタール航空を利用し、ドーハ経由でサンパウロ入りした。計28時間のフライトだが「地元のカシャーサという40度以上ある蒸留酒を飲んで、旅の疲れも吹っ飛びました」(松林監督)。渡航費は映画祭側の招待で、宿泊は友人宅へ。その分、地下鉄の切符を大量に頂戴したという。
「治安は場所によってとても良くないです。夜中まで飲んだら、必ず地元の人に相談して、歩いて帰っても大丈夫なのか、それとも人けのある場所でタクシーを拾って帰ったほうがいいのか、判断を預けます」(松林監督)。アフガニスタンでの取材経験もあり、アジア各国を渡り歩いた松林監督も用心する国であることを肝に銘じた方がいいだろう。
お得なアートに触れる
松林監督が映画上映の合間に楽しんだのが、美術観賞。ブラジル銀行文化センターをはじめ上映会場に美術館や博物館が併設されていたこともあるが、例えばサンパウロの美術館は、入館料が無料になる曜日や展示によってフリーパスとなる機会をうまく利用すれば、ほとんどタダで見られるそう。
「サンパウロのブラジル銀行文化センターでは、ブラジル南部ポルトアレグレ出身の画家イベレ・カマルゴ展を鑑賞しました。しかもタダで見られるとは。ブラジルに行くなら絶対、美術鑑賞がオススメです」(松林監督)
イージーゴーイングで……
ブラジルでは南米最大級といわれるサンパウロ国際映画祭が毎年10月に開催されており、そこで岡本喜八監督特集や是枝裕和監督など日本の著名監督の最新映画の上映や、国際交流基金による上映活動が定期的に行われている。「サンパウロは世界最大の日系人の住む町です。ドイツのニッポン・コネクションのような日本映画祭があってもいいなと思いました」(松林監督)
ただし本映画祭しかり運営体制はかなり緩いらしく、時間にルーズだったりするという。「治安の悪い国に旅慣れていない方や、予定通りに物事が進まずイライラする人は楽しめないかもしれません」(松林監督)。“郷に入っては郷に従え”を覚悟して参加する必要がありそうだ。