カジノに続く観光の呼び物となるか!?2016年にスタートしたマカオ国際映画祭(中国)
ぐるっと!世界の映画祭
【第54回】
初の行政主導で行われた第1回マカオ国際映画祭(2016年12月8日~13日)。ロッテルダム国際映画祭やベネチア国際映画祭などで辣腕を振るってきたマルコ・ミュラーがディレクターに就任するも、開幕直前の半月前に辞任するというお家騒動が勃発。果たして、その影響は……。映画ジャーナリストの中山治美がリポートします。(取材・文・写真:中山治美、写真協力:マカオ国際映画祭)
アジア圏の映画人がサポート
マカオ国際映画祭は、マカオ政府観光局局長のマリア・エレナ・デ・セナ・フェルナンデスがプレジデントを務めていることが象徴しているように、マカオの認知度のアップ、さらに映画のロケの誘致や観光客の増加を目的としている。特に意識しているのが中国本土からの観光客で、他の多くの国際映画祭が開催期間を8日~2週間に定めているのに対し、6日間。これは、中国人がマカオ入国の際、7日以内であればビザの事前取得の必要がないことを鑑みての設定だという。それでも、運営予算は5,500万パタカ(約7億8,000万円。1マカオ・パタカ=14.28円換算)。これは9日間開催のスペイン・サンセバスチャン国際映画祭とほぼ同額だ。
1回目とありPR活動に力を入れており、広報大使に韓国俳優チャン・グンソクと台湾俳優リディアン・ヴォーン。さらにイメージ・アンバサダーに中国女優チャン・ツィイー、アンバサダーにジョニー・トー監督、アン・ホイ監督、名誉アドバイザーに香港俳優エリック・ツァンが名を連ねるなど、広くアジアの映画人に協力を求めている。他、オープニングセレモニーには、東京国際映画祭のディレクター・ジェネラルの椎名保や釜山国際映画祭の名誉執行委員長キム・ドンホとカン・スヨン執行委員長ら各国国際映画祭のディレクターを招待した。
グンソク効果は大きく、レッドカーペットの模様が国内外に配信され、さらに監督を務めた2本の短編『テガ・エレメンタリー・スクール(英題) / Daega Elementary School』(2015)と『ザ・グレート・レガシー(英題) / The Great Legacy』(2016)の特別上映にはファンが多数詰め掛けたようだ。だが映画祭側が期待する中国本土からのファンをどれだけ惹きつけることができたのかは分からない。そもそもマカオを全面に押し出すのであれば、マカオの市民からも支持される中国のトップクラスの俳優が映画祭の“顔”を務めた方が、よりマカオの個性が出たのではないだろうか。
実はマカオでは本映画祭直後の12月16日に第8回マカオ国際電影節という、中国本土・香港・マカオ・台湾を対象とした本年度公開作の映画賞を設けており、こちらの方が中華圏のスターが一堂に会するので市民や中華圏の映画ファンの関心は高い。この接近して開催している映画祭と映画賞の差別化が、今後の大きな課題となりそうだ。
ディレクター辞任の影響は……
部門はコンペティション、2016年の国際映画祭の話題作を集めたベスト・オブ・フェスト・パノラマ、幅広いジャンル映画を取り上げたヒデゥン・ドラゴン、「アジアのジャンル映画の巨匠12人が選ぶジャンル映画この1本」を特集したクロスファイア、注目の女優をピックアップしたアクトレス・イン・フォーカス(第1回は台湾のグイ・ルンメイ)、特別招待など長短編54本。マルコ・ミュラーは当初、サスペンスやコメディー、アクションなどジャンル映画に特化し、かつマカオという街の特性を象徴するように、ここから西洋や東洋へと羽ばたいていくような可能性を持った作品を紹介したいという野望を明かしていた。
中でも映画祭のメインとなるコンペティション部門は当初、ワールドプレミア(世界初上映)にこだわっていたが、結果的には他の映画祭で上映された作品がほとんど。さらにわかりやすいジャンル映画というより作家性の強いアート系の作品が多かった。このセレクションの方向性のズレに、マルコ辞任の影響が大きく表れているように思えた。
一方で12月開催の国際映画祭は、大きなところでドバイ国際映画祭(アラブ首長国連邦)ぐらいしかなく、各国の正月映画の話題作をいち早く上映できるというメリットもある。それが生田斗真主演『土竜の唄 香港狂騒曲』(公開中)と、福島第一原発事故をモチーフにした韓国のディザスター映画『パンドラ(原題) / Pandora』だ。『土竜の唄』は生田と本田翼が現地入りして映画祭を盛り上げ、『パンドラ(原題)』は映画祭開幕直前の7日に韓国で公開されて大ヒットというニュースを引っさげての上映だった。
今後、映画祭の目玉となりうるのではないかと可能性を感じたのは、マカオでロケが行われ、30年ぶりにデジタルリマスターで特別上映されたヨン・ファン監督『海上花』(英題:Immortal Story、1986)だ。大型リゾート施設が乱立し激変しているマカオの昔の風景を収めた映像遺産としての価値もあり、上映会場には地元の幅広い観客が訪れていた。記者会見ではヨン・ファン監督、主演のシルヴィア・チャン、鶴見辰吾らが久々に顔を揃え、シルヴィアが「監督とは色々戦ったこともあったけど、今こうして平和に会えるのも30年という時が流れたからよね」とジョークを飛ばし合うなど、再会を喜びあっていた。映画祭だからこそできる粋な演出だ。
日本でも植木等主演の「無責任」シリーズの1作『無責任遊侠伝』(1964)でマカオ・ロケを行っており、中国や香港映画のみならず各国からこうしたマカオゆかりの作品を取り寄せるのも面白い試みかもしれない。
課題を残したチケット・システム
全体的に運営は、準備不足だったのは否めない。中でも問題となったのは、チケット。これは東京国際映画祭でもしばし取り沙汰されるが、ネットやチケットボックスでは完売となっていても、いざ会場に入ってみると空席だらけというのがほとんどだった。実は生田斗真が舞台挨拶を行った『土竜の唄 香港狂騒曲』と、チャン・グンソクの短編特別上映も例外ではない。チケットが買えなくて入場できなかったファンもいたであろうに、空席があったと知ったら涙を流してショックを受けるだろう。
要因は、恐らくスポンサーのために席を確保していたものの、読みが外れたという事なのだろう。これは映画祭がどこに向けて開催しているかが良く分かる現象でもあるのだが、海外から来たゲストを失望させないためにも、早急の改善が必要だ。
また会場がマカオ島とタイパ地区に広く分散。かつ大型リゾート施設内にあるシネコンでは、映画祭のポスター一つ貼れないという裏事情もあり、映画祭を開催している雰囲気が乏しかった。
他、コミュニケーションの要となる通訳の知識&経験不足、人数は多いのだが機能していないボランティア・スタッフetc……初回だけに問題をあげたらキリがないのだが、今回の経験を糧に、長期的な人材の育成を期待したい。
日本にもゆかりの深い街
日本からマカオへは、成田・関空・福岡から直行便が就航している。成田からの飛行時間は約5時間半。作品出品者の宿泊は、タイパ地区のギャラクシーやコンラッドなどの5つ星ホテルへ。記者は、メイン会場のマカオ文化センター向かいにあるハーバービュー・ホテルが用意された。ただし筆者は、映画祭側の手違いでチェックイン日が一日誤って伝えられ、到着した日は部屋がないということで系列のロックスへ移動。同様の手続きミスも多かったようだ。
会期中は分散された上映会場&会見場をシャトルバスとタクシーで移動する日々で、食事の時間もままならないほど。世界遺産である歴史地区へは、滞在最終日に映画祭側が組んでくれたウォーキング・ツアーに参加してようやく見学できた。マーティン・スコセッシ監督『沈黙-サイレンス-』(公開中)でも描かれているが、ポルトガルはマカオを拠点に日本へ貿易やキリスト教の普及活動を行っていた歴史がある。キリスト教が日本で禁教となってからは、追放された日本人の隠れキリシタンがマカオに逃れて来たという。聖ポール天主堂跡には、日本人が建造に関わったであろう形跡が彫刻などに見られ、同天主堂の地下納骨堂には日本人殉教者の骨も収められているという。日本人が滞在した痕跡を探しながらの歴史を深める旅もオススメだ。
また映画のロケも数多く行われており、『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(2009)を筆頭に、ジョニー・トー監督作は有名。さらに『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)の香港シーンは、実はマカオで行われたという。
ちなみに鶴見の『海上花』(英題:Immortal Story、1986)で使用したホテル「ポウサダ・デ・サンチャゴ」は現存しており、17世紀にポルトガル軍が築いた要塞を改築している。映画を見てから訪れると、マカオの風景がまた違って見えるかもしれない。