映画祭の未来はここにある?オンラインで10言語に対応するマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル(フランス)
ぐるっと!世界の映画祭
【第68回】
ロッテルダム国際映画祭など多くの映画祭で上映作品の一部をオンライン配信し、観客層の拡大に努めている中、オンラインがメインのマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル(以下、MyFFF)が今年で第8回(2018年1月19日~2月19日)を迎えた。主催はフランス国立・映像センター(CNC)の非営利外郭団体で、全世界に向けてフランス映画産業の発展・普及活動を行っているユニフランス。国がバックアップして自国作品を海外に発信する取り組みは、他国の映画振興政策にも大いに参考になりそうだ。(取材・文:中山治美、写真:マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル、アンスティチュ・フランセ東京)
国をあげて若手作家を支援
MyFFFは、若手映画制作者によるフランス映画のショーケースというコンセプトで2011年にスタート。オンラインのみの映画祭はそれまでにもあったが、国レベルでの大規模な取り組みとなるとMyFFFが世界初となる。iTunesなどの動画配信サイトとパートナーを結び、200か国以上の国と地域で配信され、さらに10言語の字幕を用意と、文字通りワールドワイドに対応している。
今年から部門を一新し、長編部門と短編部門のみで各10作品を選出。ただし作品によっては海外配給が付いている場合もあるため、国によって視聴可能作品は多少異なる。今回日本ではカナダやベルギーのフランス語圏作品も加えた、長編12作品・短編11作品が上映された。
作品は製作から1、2年を対象とした新作ばかり。長編部門には第70回カンヌ国際映画祭批評家週間で話題となった、視力が低下している13歳の少女のひと夏のバカンスを描いたレア・ミシウス監督『アヴァ』(2017)や、俳優ギヨーム・カネが監督・主演し、中堅俳優の悲哀を描いたセルフ・パロディー映画『ロックンロール』(2016)。さらに短編には、カトリーヌ・ドヌーヴが天使のコスプレ姿で登場するアクセル・クティエール監督『美味しい美女』(2017)というバラエティに富み、かつエネルギッシュな作品が揃った。
さらに映画ファンにとって嬉しいのは、懐に優しい料金体制。映画祭期間中は無料で短編が視聴可能で、長編に至っては1作品1.99ユーロ(約268円、1ユーロ=135円換算)で、フルパック視聴でも7.99ユーロ(1,078円)。またMyFFFのサイトでは抽選でフルパック・クーポンや、2名1組をパリ旅行(往復エールフランス航空のフライト+5つ星ホテル5泊分)に招待するゲームも。国がバックアップしているからこそできる料金体系とサービスだろう。
審査は巨匠と視聴者たち
毎回、豪華アーティストが審査員に就任するのも話題。これまでジャン=ピエール・ジュネ、ミシェル・アザナヴィシウス、ミシェル・ゴンドリー、ニコラス・ウィンディング・レフン監督などが審査員を務めてきたが、第8回も『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(2013)のパオロ・ソレンティーノの審査委員長を筆頭に、デビュー作『マクトゥブ(原題) / Mektoub』(1997)がモロッコで初めてアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたナビル・アユチ監督、『RAW~少女のめざめ~』(2016)のジュリア・デュクルノー監督、『ローサは密告された』(2016)のブリランテ・メンドーサ監督、『変人村』(2006・日本未公開)のキム・シャピロン監督という錚々(そうそう)たるメンバー。
賞はその審査員たちによる映画監督審査員賞、観客投票によるラコステ賞(観客賞)、5人のジャーナリストたちによる外国報道機関賞の3つ。第8回の受賞結果は次の通り。
<映画監督審査員賞>
アメ&エクエ監督『パリ・ピガール広場』(2016)
■審査員特別賞
ルドヴィック・ブケルマ監督ほか『ウィリー ナンバー1』(2016)
<外国報道機関賞>
■長編作品
ステファン・ストレケール監督『婚礼』(2016)
■短編作品
ドゥニ・ヴァルゲンヴィッツ&ヴィンシュルス監督『死と父と息子』(2017)
<ラコステ賞(観客賞)>
■長編作品
ステファン・ストレケール監督『婚礼』(2016)
■短編作品
ドゥニ・ヴァルゲンヴィッツ&ヴィンシュルス監督『死と父と息子』(2017)
パリ市内で授賞式が行われ、受賞者にはムニール・マジュビ首相付デジタル担当大臣から賞状を贈られた。さらに映画監督審査員賞を受賞した『パリ・ピガール広場』の監督・プロデューサー・海外セールス会社には副賞として、各5,000ユーロ(約67万5,000円)が授与された。受賞作は6か月間の期限付きでエールフランス機内で上映される。また一部の作品も、価格はちょっと上がるが映画祭終了後も継続してiTunesで配信されている。MyFFFだけで完結せず、さらに世に広めようとするサポート体制が素晴らしい。
実は『パリ・ピガール広場』は第29回東京国際映画祭コンペティション部門選出作で、社会派ラップグループ「La Rumeur」のメンバーでもあるエクエとアメの両監督、主演のレダ・カテブ、プロデューサーのブノワ・ドヌーが来日したが受賞には至らず、日本公開も実現しなかった。今回再び彼らに脚光が当たったのは喜ばしい限りだ。
オンラインならではの作品も誕生
日頃、日本で公開されるフランス映画は限られている。第8回の上映作品を見ると、どの作品もエネルギッシュかつ挑戦的な作品ばかりで実に刺激的だった。
中でも、日本では公式サイトのみで配信されたコンペティション外のサイモン・ビュイソン監督『WEI OR DIE』(2015)は、スマートフォンなど手の平サイズのスクリーンでの鑑賞を想定して作られた実験的な作品だった。
商業系のグランゼコール(高等職業教育機関)の新入生合宿の最中、一人の青年が池で溺死体となって発見される。何が起こったのか? を検証するため、警察が各自のスマートフォンやカメラを押収。それらの映像と監視カメラ映像を時間軸に沿ってつなぎ合わせたものを私たちは鑑賞することになる。それだけではない。画面の下には撮影者の名前とともにデジタルカメラやスマートフォンのマークがあり、視聴者が自分の好みで映像を切り替えられるのだ。同時間でも撮影者や撮影場所が違えば映っている内容も異なるわけで、何パターンもの鑑賞も可能。ご丁寧に、今、どのカメラ映像が作動しているかがわかるタイムライン表記もある。なんと斬新な!
サイモン・ビュイソン監督(公式サイト)はメディアアーティストとして知られ、東京の街を後ろ向きで撮影し、逆回転させた動画「Tokyo Reverse」(2014)で話題になった。ぜひ注目したいアーティストだ。
PRも兼ねてスクリーン上映も実施
映画祭期間中はフランス政府公式文化機関アンスティチュ・フランセ東京と連携し、スクリーン上映も実施する。
開催されたのは2月2日~4日、飯田橋のアンスティチュ・フランセ東京内のエスパス・イマージュ(108席)で。第8回の配信作品のほか、第7回で映画監督審査員賞と外国報道機関賞をW受賞したルディ・ローゼンバーグ監督『転校生』(2014)や短編作品集も上映された。確かにオンラインでの視聴は、時間も場所も選ばず楽しめるメリットがあるのだが、やはり劇場での鑑賞は集中できるなと思ってしまう。映画館で育った古い世代だからかもしれないが。
しかも開催場所がアンスティチュ・フランセ東京というのが、心踊るのだ。1952年に創設された旧・東京日仏学院は、神楽坂が“小さなパリ”と称されるきっかけとなった施設。施設内には本場のフランス料理を手軽に楽しめるレストラン「ラ・ブラスリー」や書店もあり、一歩足を踏み入れるだけでプチ・フランス旅行気分を味わえる。昨年は元AKB48の小嶋陽菜卒業ソング「気づかれないように…」のミュージックビデオが全編ここで撮影されて話題となった。
アンスティチュ・フランセは東京のほか、横浜、関西(大阪・京都)、九州にもあり、フランス語講座のほか、MyFFFのような各種文化イベントも定期的に開催されている。日本にいながらにしてフランス文化に触れることのできる絶好の機会だ。
日本でのオンライン映画祭の可能性は?
オンライン映画祭の利点についてMyFFFの広報は「海外でフランス映画は、地方の小さな映画館で上映される機会はほとんどありません。映画祭を開催することで劇場に足を運ばせることも大切ですが、オンライン映画祭は前述したような映画館に行くことが困難な世界中の観客に、スマートフォンの小さな画面を経由をして、多様な作品を届けることができます」と語る。
映画祭終了後に発表された試聴回数は、昨年が670万回だったのに対して今年は1,000万回以上と数字を伸ばした。回数を重ね、映画祭の認知度が少しずつ広まっているからだと思うが、国別ではメキシコ、ブラジル、アルゼンチン、ポーランド、ロシアからのアクセスが多かったという。ロシアやポーランドといったいくつかの国と地域ではローカルのスポンサーがMyFFFの権利を買い上げて無料視聴にしたことも、視聴回数アップにつながったようだ。映画祭の予算が非公表のためこの数字が採算の取れているものかどうかは分からないが、少なくとも自国の映画産業の振興と対外的なPRに繋がっているのではないだろうか。何より、シネコンが主流となり、フランス映画の受け皿だったミニシアターが減少している中、日本国内でも公開されるフランス映画は著名監督・俳優の作品か、国際映画祭で話題になった作品の、ほんのわずか。MyFFFの開催に歓喜しているフランス映画ファンも多いだろう。
自国の映画文化を守りつつ、新たな挑戦も厭わない。こんなところからも我々は、学ぶべきことが多いのではないだろうか。