2019年 第32回東京国際映画祭コンペティション部門14作品紹介
第32回東京国際映画祭
10月28日(月)~11月5日(火)に開催される第32回東京国際映画祭のコンペティション部門全14作品を紹介。今年の審査委員長は、映画祭史上初の女性審査委員長となる女優チャン・ツィイー。日本からは実写化不可能と言われた手塚治虫原作作品と、監督自身の自伝的小説を映画化したコメディー作品の2本が選出。世界115の国と地域から応募された1,804本の中から厳選された14本を、本部門プログラミングディレクター・矢田部吉彦氏が注目ポイントを解説します! (取材・文:岩永めぐみ/編集部:岡本むつみ)
<東京グランプリ/東京都知事賞>『わたしの叔父さん』
製作国:デンマーク
監督:フラレ・ピーダセン
キャスト:イェデ・スナゴー、ペーダ・ハンセン・テューセン
【ストーリー】
主人公の若い女性は体の不自由な叔父の面倒をみながら、叔父と一緒に家畜の世話をして暮らしていた。彼女は牛の出産を手伝ったことをきっかけに、もともと抱いていた獣医への夢がむくむくと頭をもたげる。
【ここに注目】
姪が体の不自由な叔父さんの世話と自身の夢の間でジレンマを感じるという物語なのですが、淡々とした描き方がなんとも映画的で、食い入るように見入ってしまいます。主人公の選択には、僕は思い出しただけでも目頭が熱くなりますね。デンマークでは家族経営的な酪農家が減っていて、田舎の風景が変わりつつあるそうです。フラレ・ピーダセン監督はそんな地方の出身で、失われていく風景を映画に収めておこうと農家に住みながら取材をしたといいます。実は叔父さん役は、取材をしていた農夫なんです。主人公を演じた彼女は女優ですが、その農夫の実際の姪でもあったそうなんです。ふたりのナチュラルさも見ていただきたいです。
<審査委員特別賞>『アトランティス』
製作国:ウクライナ
監督:ヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチ
キャスト:アンドリー・リマルーク、リュドミラ・ビレカ
【ストーリー】
ウクライナとロシアの戦争直後の2025年。戦争によるトラウマを抱えた元兵士がいた。ある日、彼は穴に捨てられた死体の身元確認のボランティアをする女性と知り合う。彼は彼女との出会いによって、自らの心の内と向き合っていく。
【ここに注目】
トラウマを抱えた元兵士の魂の回復のドラマですが、見どころはビジュアル。ワンシーンワンショットは構図がしっかり計算されていて、強烈かつ迫力があります。モノクロ的な抑えめの色調で、ボロいトラックすらカッコよく見える。2015年に公開された『ザ・トライブ』のスタッフが再集結し、撮影スタッフだったヴァレンチヌ・ヴァシャノヴィチが監督を務めています。ワンシーンワンショットでフィックスの画面が多く、ひとつの美学で貫かれているんですが、画面の中のリアリズムは半端ない。コアな映画ファンはマストです。
<最優秀監督賞>サイード・ルスタイ /<最優秀男優賞>ナヴィド・モハマドザデー 『ジャスト 6.5』
製作国:イラン
監督:サイード・ルスタイ
キャスト:ペイマン・モアディ、ナヴィド・モハマドザデー
【ストーリー】
麻薬中毒者が増え続けているイラン。麻薬捜査を担当するイラン警察の刑事部長は、ジャンキーや売人などを有無も言わさず逮捕していき、ついに首謀者に迫る。
【ここに注目】
今年はイラン映画の当たり年です。なかでも『ジャスト6.5』の警察とドラッグ組織の対決のスピーディーで迫力に満ちたものたるや、未曾有のイラン映画だと思います。刑事部長役は『別離』(2011)で世界的に有名になったペイマン・モアディで、相手役はイランで人気急上昇中のナヴィド・モハマドザデー。一見アクション娯楽大作なのですが、セリフが猛烈に多い。あまりの迫力に観賞後は圧倒されてしまうと同時に、こんなイラン映画は観たことないとびっくりすると思います。
<観客賞>/<最優秀女優賞>ナディア・テレスツィエンキーヴィッツ『動物だけが知っている』
製作国:フランス
監督:ドミニク・モル
キャスト:ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミー
【ストーリー】
吹雪の中、ある女性が失踪し、孤独に暮らしている農夫に疑いの目が向けられる。やがて、遠く離れた場所に住む見知らぬ5人によって、予想だにしない真実が明かされる。
【ここに注目】
2000年の『ハリー、見知らぬ友人』という作品を覚えている映画ファンの方もいると思いますが、その監督のドミニク・モルの作品です。複数の視点で物語が語られ、徐々に衝撃的真実が明らかになっていきます。ストーリーテリングがとても巧みで、中身を知らなければ知らないほど面白い。ミステリー要素が強く、誰でも楽しむことができます。また、主役が何人かいて、『ジュリアン』(2017)のドゥニ・メノーシェやフランスやイタリア映画ファンにおなじみのヴァレリア・ブルーニ・テデスキなどヨーロッパのスターが揃っているのも楽しいですね。
<最優秀芸術貢献賞>『チャクトゥとサルラ』
【ストーリー】
モンゴルの草原に暮らすチャクトゥとサルラ。夫のチャクトゥは都会に出たいが、サルラは草原の暮らしが気に入っている。しかし、その草原にも中国の発展の波が押し寄せてきて……。
【ここに注目】
内モンゴル自治区に暮らす夫婦の愛の物語です。都会に引っ越したい夫と草原から離れたくない妻が、すれ違うけれども愛し合っている。モンゴルの景観は大画面に映えますね。圧倒的な景観や夫婦愛のドラマを堪能する作品でありながら、草原の伝統的な暮らしも中国の経済成長や都会的な消費文化から無縁ではいられないという現代の社会をほのめかすところもあります。監督は中国第6世代のワン・ルイで、北京電影学院演出部の教授として教鞭を執っているとあって、演出もしっかりしています。
<最優秀脚本賞>『喜劇 愛妻物語』
【ストーリー】
売れない脚本家の豪太は稼ぎが少ないため、妻のチカに日々罵られてしまう。それでも夫婦仲を取り戻したい豪太は、チカと娘のアキを連れ、取材も兼ねながら香川を旅する。しかし、チカが豪太とアキと離れているときに、ある事件が起こる。
【ここに注目】
脚本家が苦悩する話は足立紳監督の実体験が盛り込まれているんでしょうが、とても面白いです。水川あさみさんのテンションにキレがあって、演技に凄みがあります。水川さんの迫力が濱田岳さんの受けの演技のレベルを引き上げていて、国際映画祭で演技賞を競うレベルだと思いました。笑いの質も自虐的になるところをスレスレでいい笑いに切り替えていますし、コメディーを突き抜けて最後は迫力ある人間ドラマへと展開していきます。脚本やドラマの構築力、水川さんと濱田さんの演技を引き出したのは、やはり足立監督の演出家としての実力だと思います。