パルムドール受賞『落下の解剖学』はどんな内容？評価は？
編集者レビュー
『落下の解剖学』2024年2月23日公開
第76回カンヌ国際映画祭で最高賞・パルムドールを受賞したサスペンス。夫が不審な転落死を遂げ、彼を殺害した容疑で法廷に立たされた妻の言葉が、夫婦の秘密やうそを浮かび上がらせる。メガホンを取るのは『ヴィクトリア』などのジュスティーヌ・トリエ。『愛欲のセラピー』でもトリエ監督と組んだザンドラ・ヒュラー、『あなたが欲しいのはわたしだけ』などのスワン・アルローのほか、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツらが出演する。
評価：★★★★★ 編集部・小松芙未
不審死の真相を単に追うのではなく、複雑な人間の心情をあらわにすることで本質を問う秀作。血を流して倒れる夫が見つかり、殺人容疑をかけられた妻の裁判に発展する中で、家事や育児の分担をはじめとする普遍的な問題が提起される。鍵となるのは、視覚障がいがある11歳の息子と、愛犬。愛犬にストーリーテラーのような役割を担わせることで、客観的な視点を保つ工夫も興味深い。
秀でているのは、本作を構成する各要素のバランス。キャストの研ぎ澄まされた演技力はもちろん、先行きの不安を暗示するかのような音や映像の演出、思いがけない新情報が少しずつ明らかになるプロットや臨場感のあるカメラワークなど、創作のテクニックも存分に楽しめる。裁判シーンが続いても単調にはならず、多様性や価値観に思いを巡らせ、全く飽きることのない152分間は、一見に値する。
評価：★★★★★ 編集部・石井百合子
第76回カンヌ国際映画祭パルムドール（最高賞）に輝き、第96回アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされるなど賞レースを賑わせる本作は法廷サスペンスであり、家族の愛憎ドラマでもある。人里離れた雪の山荘で転落死した男性の妻に殺人の容疑がかけられ、視覚障害のある11歳の息子も巻き込んで意外な事実があぶり出されていく。主人公で被告人のベストセラー作家サンドラ（ザンドラ・ヒュラー）の証言は一貫性がなく、加えて目撃者がいないことから検事、弁護士、証人たちの発言や回想シーンは真実を物語っているように見えて、すべて状況から推測する“主観”であり、事件が他殺、自殺と著しく様相を変えていく脚本にグイグイ引き込まれる。
中でも検察側の“証拠”として用いられる、被告人と夫の会話を収めた録音データが肝。それが夫婦の関係を象徴するかのような筋書きも見事だが、観る側にとっては再現映像が誰の目線なのか特定できないうえに、音だけの部分では何が起きているのかがはっきりしないという余白を残した演出も巧妙。裁判を傍聴し続ける息子が奏でるピアノの音や、手持ちカメラを多用したカメラワークも終始緊迫感を持続する。
家族としての生活を送るなかで自然と役割が生じていくものだが、その中で“個”としての人生はどうすれば守られていくのか？ といった普遍的な問題も浮かび上がり、苦い余韻が後を引く。
『落下の解剖学』あらすじ
ベストセラー作家のサンドラ（ザンドラ・ヒュラー）は、夫と視覚障害のある11歳の息子（ミロ・マシャド・グラネール）と人里離れた雪山の山荘で過ごしていたが、あるとき息子の悲鳴を聞く。血を流して倒れる夫と取り乱す息子を発見したサンドラは救助を要請するが、夫は死亡。ところが唯一現場にいたことや、前日に夫とけんかをしていたことなどから、サンドラは夫殺害の容疑で法廷に立たされることとなり、証人として息子が召喚される。