略歴: 映画評論家/クリエイティブディレクター●ニッポン放送「八木亜希子LOVE&MELODY」出演●映画.com、シネマトゥデイ、FLIX●「PREMIERE」「STARLOG」等で執筆・執筆、「Dramatic!」編集長、海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」DVD企画制作●著書: 「いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」●映像制作: WOWOW「ノンフィクションW 撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画・構成・取材で国際エミー賞(芸術番組部門)、ギャラクシー賞(奨励賞)、民放連最優秀賞(テレビ教養番組部門)受賞
近況: ●「シン・ウルトラマン」劇場パンフ執筆●ほぼ日の學校「ほぼ初めての人のためのウルトラマン学」講師●「るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning」劇場パンフ取材執筆●特別版プログラム「るろうに剣心 X EDITION」取材執筆●「ULTRAMAN ARCHIVES」クリエイティブディレクター●「TSUBURAYA IMAGINATION」編集執筆
あの戦争を知る世代が作った1967年の岡本喜八監督版は、本土決戦も辞さない陸軍の狂気が際立っていた。本作は70年に及ぶ平和は如何にして迎えられたのかという視点に重きを置く。結論の出せないこの国のシステムを、降伏という決断に導いたのは、鈴木貫太郎首相と阿南陸軍大臣の昭和天皇との深い絆であったという人間ドラマが主軸である。葛藤しながらも勇ましさを諌め、国際感覚を持ったしなやかな思考を体現するのは、本木雅弘が繊細に演じる昭和天皇だ。ようやく日本映画が、神格化することなく天皇の人間性を描く時代になったという感慨。それは同時に、あの戦争の記憶が、遠い歴史上の出来事になりつつあるという焦燥感も抱かせる。
科学の暴走と過剰な商業主義が手を結び、怖いもの見たさで訪れる入園者が味わうスリル。第1作のスピリットを継承し、夢と恐怖のテーマパークが現出した感さえあり、映画がアトラクション化する時流に即した最上級の体験だ。遺伝子操作で誕生した凶暴な“新種”をいかに駆逐するか。予測不能な展開に次ぐ展開。残酷描写もギリギリで恐怖をエンターテインメントに昇華させる術を心得ている。恐竜映画と怪獣映画の要素を融合させたハイブリッド・アトラクションムービーと呼びたい。コリン・トレボロウ監督の長編第1作『彼女はパートタイムトラベラー』を観て大抜擢を決めたスピルバーグの眼力は確かだ。
いきなり秩序の失われた荒野に引きずり込まれる。生き残りを懸けた逃走と戦闘。美女と野獣とガンとマシン。退廃・欲望・絶望に僅かな希望。全編クライマックス。VFXを意識させない身体を張ったアクションの連続に全身の血がたぎり、撮影監督ジョン・シールが切り取る紅蓮の大地に魅せられる。あまりにもシンプルな構造は“純粋活劇”と呼びたいほど。「希望は持たぬことだ。心が壊れたら残るのは狂気だけだ」という呟きが心に染みる。もはや終末後がファンタジーじゃなく、現実のものとなった今を生きる我々の神話として切実だ。何十年も企画実現のチャンスを待ち続け、70歳にして最高にイカれた映像をぶちまけたジョージ・ミラーに乾杯!
鎌倉の古い日本家屋の匂いに居住まいを正しながら、四姉妹の立ち居振る舞いに眼を奪われた。父も母も不在の家庭で、それぞれの居場所を求め、屈折しバラバラになってもおかしくない個性を、代々の営みを刻む「家」が守護し、繋ぎとめるのだ。次第に、強くしなやかな家族になっていく様が清々しい。四季折々の風景の中で生きる4人のアンサンブルが奇蹟的。とりわけ、未完の大器・広瀬すずの自然な表情の変化には驚かされる。是枝裕和監督は作家性を遺憾なく発揮させつつも、アート系のタコツボに陥らず、旬な女優を輝かせて興収を約束するテレビ局出資映画としての商業性も見事に担保している。
スペース・マウンテンやスター・ツアーズが速度や映像の力で牽引しても、21世紀のディズニーランド内でトゥモローランドという空間がいまひとつ生彩を欠くのは、われわれに未来を夢観る力が希薄になったせいだろう。本作はパーク内のテーマランドを活性化するだけじゃなく、ウォルトが夢観た20世紀半ばの想像力を人々に取り戻させるための壮大な実験。ただし、もう一度夢を観よ、諦めるなというメッセージは素敵でも、いささかアニメ的リアリティの範疇に留まってしまったのが残念だ。絶望的かつ切実な現状を丹念に描けば、この物語はもっと強くなったはずだ。