略歴: 茨城県出身。スポーツ紙記者を経てフリーの映画ジャーナリストに。全国商工新聞、月刊スカパー!(ぴあ)、時事通信などに執筆中。
近況: 映画祭で国内外を飛び回っているうちに”乗り鉄”であることに気づき、全国商工新聞で「乗りテツおはるの全国漫遊記」を連載。旅ブログ(ちょこっと映画)もぼちぼち書いてます。
アルツハイマーになった元恋人会いたさに、ひと芝居打って同じ施設に入って想いを伝える?。共通の思い出である演劇の名シーンを引用したアートな雰囲気と、いい歳した爺さんのお戯れに笑わされ、大きな心で見てしまいがちだが、ちょっと待った! 元恋人側の意思は? 個人の尊厳は? そもそも43年前、元恋人が別れを決めたのはそれ相応の理由と決断があったはず。なのにアルツハイマーだから良いだろうとそれを無視して再接近するのは、ストーカーと同じくらい暴力的な行為だ。高齢化社会になり高齢者がやんちゃしたり認知症をモチーフにする作品が多いが、それを免罪符に使って、都合の良いドラマを生み出そうという風潮にはちょっと疑問。
居着いたきっかけこそ、格好のエサがあったからに違いない。舞台になるのは北海道の牧場と、ミャンマーの湖上の高床式家屋。前者の猫はミルクを、後者は漁で得た魚のおこぼれをちゃっかり頂く。時に人間の仕事の邪魔をしながら。でも人は猫を拒まない。ミルクも魚も自分たちのものではなく地球からの恵であり、そこで生きる者同士で分け合うのが当然だという考えが根付いているからではないだろうか。人間と動物が当たり前のように共存する温かで、豊かなひととき。日々の生活で見失いがちな他者を愛しむという心を、岩合監督の映像はいつも教えてくれる。
タイトルの”風船”はダブル・ミーニング有だし、チラシなどに使用されている写真もよく見ると……(苦笑)。冒頭から爆笑必至の”明るい家族計画”物語。だがチベットだけに厄介だ。夫の欲望は止まらないが、これ以上の出産は家計を苦しめ、政府による人口抑制制度にも触れる。一方で輪廻転生という信仰の問題も絡んでくる。そんな中で母ドルカルが、一人の女性として自分の生き方について自問するようになる。つまりは世界の潮流であるジェンダー論がテーマ。古い価値観が根強く残るアジアで気鋭監督たちは自国の文化と向き合いながら果敢にそのテーマに斬り込み、我々に大きな課題をぶつけてくるのだ。世界が注目する逸材の策士ぶりを見たり。
『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』『みんなのアムステルダム国立美術館へ』を制作し、美術界に入り込んだ監督だからこそ描くことができたレンブラント狂想曲だ。競売にかけられた絵の所有権や真偽を巡って、コレクター、専門家、メディアなど様々な人たちの思惑が交錯し、あわや国際問題にまで発展しかける。思わぬ展開の連続と生々しい人間の腹の探り合いは、”事実は小説よりも奇なり”で地でいく上質なサスペンス劇。そこには高騰するアート市場の皮肉も込められているが、改めて感じさせられるのは今もって人々を魅了するレンブラントの才能と魔力。登場人物が熱く作品を解説してくれるので、レンブラント入門の教材としても最適だ。
NHKは長年、震災をテーマにしたドラマ制作に挑み続けている。ドキュメンタリーではなくあえて実写。当事者の言葉にならない思いや叫びを今に蘇らせる術があることを実感する。本作も然り。安克昌先生は阪神淡路大震災時、被災者の心のケアを行ないPTSDを日本に広めた方だが2000年に早逝した。安先生なら東日本大震災、そしてコロナ禍で心に傷を負った人たちにどんな言葉をかけただろう?と想像せずにはいられない。だが、本作が安先生の遺志を伝える。「心の傷を癒すということは、誰もひとりぼっちにさせへんこと」と。同時に本作は有事に何かと切り捨てられがちなエンタメだが、その力を改めて私たちに伝えてくれるに違いない。