略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
黒人女性として初めて大統領を目指したシャーリー・チザムの話が、大統領選を控える今配信されるのは、完璧なタイミング。彼女の掲げる理想、スピーチはとてもパワフルながら、その夢をかなえる道のりは複雑だった。その歯痒さは今も同じで、非常に共感できる。52年も前の時代、そんな彼女を支えた夫や家族にとってはどんな体験だったのかが語られるのも興味深い。選挙戦に焦点を当てるため、ある意味政治スリラー的になり、彼女が一生の間に達成した功績があまりわからないことへの不満も聞かれるものの、それはまた別の映画がやってくれることを期待。昨年惜しくも亡くなったランス・レディックも抜群の存在感を見せる。
ナチ支配下のあまり知られてこなかった現実に焦点を当てる優れたドキュメンタリー。昨年日本公開された「大いなる自由」もパワフルだったが、今作は、実際に体験した人々の肉声で、その残酷な状況を語る。この映画の撮影時、同性愛者の強制収容所の生存者で、まだ生きている人は、10人もいなかった。そのうち7人から話を聞き、このような形で記録に残せたのは非常に貴重。それらの中には素敵なロマンスや当時のゲイ&レズビアン文化についての楽しい思い出もあれば、聞いていて胸が張り裂けそうな辛い話もある。2000年のサンダンス映画祭でプレミアされたこの映画を日本の劇場で見られる機会ができたのは、すばらしいことだ。
静かに始まって、じわじわとサスペンスを保ち続ける。そこには独特の不気味さがあり、先の予想はつかない。なかなか怖い映画だと思っていたら、なんと最後に大きな恐怖が待っていた。まさに、獲物をつかまえるためにそっと忍び寄り、ガツンと捕まえるような感じ。しかし、トーンの変化は突然ではあっても不自然さはなく、ストーリー上も納得できる。非常に良く考えられ、シンプルに、無駄なく作られた映画。役者たちの演技も良い。ただ、これは紛れもなくホラー。心理面だけでなくビジュアルで怖がらせるシーンもしっかりあるので(筆者も思わず目を瞑ってしまったことが何度か)、それらが苦手な人は覚悟を。
「フォーリング・フォー・クリスマス」では、リンジー・ローハン久々の映画主演復帰を祝し、1個おまけして3つ星にしたが、今回はその配慮はなし。彼女は製作総指揮も務め、同じく製作総指揮に夫を連れてきて、小さい役に弟、挿入歌に妹を起用。自分の意見が十分通る状況だったのに、今どきまだこんなお決まりパターンだらけの映画を作ったとはがっかり。才能はあるのだから、若い頃に何度もやった楽なことを繰り返すのではなく、役者として難しいことに挑戦してほしい。ストーリーはツッコミどころだらけで、ファンタジーであるにしても信憑性ゼロ。ファッションやアイルランドの風景は魅力的だが、それもまたこのジャンルの典型。
冒頭に出てくるのは、主人公ジョイが抗議運動を目にするシーン。一見ストーリーと関係なさそうだが、秘密で妊娠中絶を提供する組織「ジェーン」が生まれた1968年のシカゴでは市民権運動や反戦運動が盛り上がっていたという大事な背景を匂わせるものだ。キャラクターは架空ながら、女性が生きるか死ぬかの問題を男性だけによる医師の会議が決めていたという恐ろしい状況は真実。そして今アメリカは、保守派のせいでそこに逆戻りしようとしている。偶然にも同じ年のサンダンス映画祭で上映された、本人たちが登場するドキュメンタリー「The Janes」はさらに深くこの話を語るので、こちらもぜひ日本公開されることを願う。