ダラス・バイヤーズクラブ (2013):映画短評
ダラス・バイヤーズクラブ (2013)ライター5人の平均評価: 4.4
体制が国民より利権を重んじるのは世の東西を問わず?
酒と博打と女に目のない粗暴な男が、エイズに冒されたことで思いがけず体制に反旗を翻す。より安全で確実な治療を求めて、製薬会社とズブズブな政府が禁じた未承認薬の入手に奔走したのだ。
死んでたまるか!という生存本能に駆られた結果、それがいつしか社会運動へ繋がっていく過程は、まさに必要は発明の母。設定こそエイズが猛威を振るった’80年代のアメリカだが、原発利権が国民の生命と健康を脅かす現代日本に住む者として他人事とは思えない点も多いだろう。
差別される側になって初めて社会的弱者に理解を示すようになる心境の変化を含め、主人公の行動を決して美化したり英雄視することなく描いている点も素晴らしい。
役者バカ、極めたり
最近のマシュー・マコノヒーの暴走ぶりに弱冠の暑苦しさを感じていたが、ここまでくると脱帽だ。同じくHIV感染者を演じたジャレット・レトを含め、ドMという役者の性をまざまざと見せつける。
彼らをここまで本気にさせたのも、社会のはみ出し者が、政府や製薬会社といった組織に歯向かって無承認薬の特効性を証明した痛快さにある。製薬会社と医者の癒着ぶりはS・ソダーバーグ監督が『サイド・エフェクト』でつまびらかにしたばかりだが、その問題は`80年代から一向に改善していないことも露見させる。
そして、思いっきり権力者にケンカを売っている作品が、米アカデミー賞にノミネートされている皮肉さ。腐ってもハリウッド。
体重の増減によるダイナミズムがVFX万能の世に実に映画的
難病映画の概念を覆す実話だ。酒と薬と女に生きる典型的なレイシストがエイズに罹っても、悲壮な展開に陥らない。生き延びる力が漲っている。抗エイズ薬の密輸組織を興し、治療薬を認可しない80年代米国の権力を向こうに回して闘う反骨精神の行方がスリリング。マシュー・マコノヒーとジャレッド・レトが体重の増減で表す肉体的ダイナミズムは、VFX万能の世にあってデ・ニーロ全盛の時代以上の意味を持ち、実に映画的だ。
今年のオスカー主要候補作は、身体性を強烈に意識させる。宇宙を漂う女性飛行士、奴隷生活に耐える黒人男性…。身体に訪れる危機を体を張って表現した本作の男優2人こそが、最もオスカー級の演技である。
伝記ドラマはかくあるべし
俺流で生きてきた山師風情の男が余命30日を宣告されたら、どうするだろうか? その答から決して軸がブレない物語がイイ。治療薬を求める必死の姿勢や、薬の売買で金を稼ぐ生活力。伝記ドラマが備えるべき人間のバイタリティが宿る。
クリーンではない主人公が成長する、ターニングポイントのエピソードの配置がまた絶妙。ゲイ嫌い、拝金主義といった負の部分が自然に剥げ落ちる。それに説得力をあたえたマシュー・マコノヒーの演技は、体重の減量以上に評価されるべきだ。
決して愛すべき人物ではないが、こういう正直なキャラクターは信用できる。感動を押し売りしなくても、“泣き”は後からついてくる。
我々の大好きな反骨の“アメリカン・ヒーロー”像
荒馬と女を愛するカウボーイが「生きる」ために体制を敵に回す――。絶好調のマシュー・マコノヒーを観て思い出すのは『カッコーの巣の上で』のJ・ニコルソンや『ラリー・フリント』のW・ハレルソンだ。期せずして「制度への闘い」を仕掛けてしまう、根っから自由を宿命づけられたアウトローの魅力。
そして同性愛者の青年に扮するジャレッド・レト。ボーイ・ジョージの時代=80年代でも、亡きマーク・ボランを崇める彼のために流れるT・レックス「ライフ・イズ・ストレンジ」が切ない。
役者を際立たせる裏方に徹した監督はアカデミー賞で無視されたが、『カッコー』&『ラリー』のミロス・フォアマンに匹敵する仕事を成したと思う。