この世界の片隅に (2016):映画短評
この世界の片隅に (2016)ライター4人の平均評価: 5
アニメだからこそ描ける戦時下日本の庶民の記憶
太平洋戦争末期、広島県の呉市に嫁いだ若い娘すずを主人公に、戦火の恐怖に晒されながらも明るく逞しく生きる庶民の日常が鮮やかに描かれる。
遠い昔に失われた戦前の日本の風景。当時の日本映画や記録フィルムに慣れ親しんでいれば、本作がいかにきめ細かく丁寧に当時を再現しているか分かるだろう。ユーモアとペーソスに富んだ、素朴で柔らかな人間模様も胸にグッとくる。
いや、現実はもっと暗く悲惨だったとの声もあるかもしれない。しかし、だからこそ本能的に平凡な毎日を保とう、ささやかな幸福を取り戻そうと努めるのが人間であり、これはそんな当時の人々の心象的記憶の再現だとも言えよう。それはアニメだからこそ可能なのだ。
耳に残るは”のん”の声
辛い過去と向き合ったはずなのに、なぜか心がほっこりしている。
原作者も監督も、恐らくスタッフのほとんどが戦争を知らない世代。
その彼らが戦火の恐怖も、家族で笑いあったひとときも、恋も!
誰かの思い出を丁寧に取材をし、慈しむように今に蘇らせている。
戦後70年の昨年。戦争の実感が湧かないと多くの若者が口にした。
でもこうして記憶を受け継いでいく事は可能なのではないか?
そんな希望すら抱かせてくれる。
主人公すずさんに命を吹き込んだ”のん”の声がいい。
おかげで筆者の脳内では、清らかでゆる〜い広島弁と共にすずさんが住み着いてしまった。
あなたの人生を思いながら、生きていきます。
それでも、生きていく。
どんな辛気臭い話かと思いきや、“人さらい”に“座敷童”と、とにかくツカミが巧い。日常系のオチを噛み締める余韻もなく、次のエピソードに入る展開は当初戸惑うかもしれないが、“それでも生きる”ヒロイン・すずの生命力を表わすように、どんどん突き進んでいく。まるで朝ドラの総集編を一気観する感覚にも近いが、すずとリアルに厳しい現実で戦う、のんとのシンクロ率も高く、結果的にあまロス処方薬にもなった嬉しい誤算! さらに、マスコミ試写で観られなかったエンドロール後の“もう一つのエピソード”で、まだまだ泣かせるとは! 『聲の形』と双璧をなす16年を代表する一本を放った片渕須直監督は、ポスト高畑勲となったといえる。
今年の日本映画ベストワンは、のんが命を吹き込んだ珠玉のアニメ
これは戦争映画ではない。戦時下をいかに生きたかをアニメーションの力で再現してみせる、人間ドラマの傑作だ。精緻に描かれる戦前戦中の町や暮らしぶり。ヒロインの実存を信じさせるため、片渕須直監督は徹底したリアリズムを貫く。ごく日常的な動作を丹念に見せられることで、生きることへの愛おしさが募るから不思議だ。リアリズムの中に突如として空想が侵入する詩情が美しい。そしてヒロインの頭上にも爆弾は降り注ぐ。普通であり続けることの難しさ、尊さ。2016年現在の女優のん(本名・能年玲奈)自身の内面が、襲いかかる暴力の中を必死に生き延びるヒロインに重なり合う。のんを平成生まれの“自由と平和のアイコン”に推したい。