マイケル・ムーアの世界侵略のススメ (2015):映画短評
マイケル・ムーアの世界侵略のススメ (2015)ライター4人の平均評価: 3.5
泣けるマイケル・ムーア
”防総省に依頼されてムーアが世界侵略”云々の設定は、寒い。だが相変わらず米国社会をぶった斬る視点は冴えている。労働・教育・人権など、他国で効果を上げている政策から自国を見つめ直す、いわば比較文化論。それは競争社会で生きる我々にも当てはまる課題で、実に身につまされる内容だ。
今回はスタイルを変え、国や企業のトップなどにアポ有り取材。いずれの政策も、何よりの財産は人であり、健全なる生活あってこそ!という理念に基づいていることを主張する。例え理想論であったとしても、あるべきリーダーの姿が羨ましくて泣けてくる。そんな彼らがムーアの浅はかな挑発を、論破するのもまた見どころである。
時代の空気を読んだマイケル・ムーアの新路線
マイケル・ムーア監督が米政府から世界侵略を任せられる…という設定のもと、米国にはない世界各国の“良いところ”ばかりをバラエティ番組ノリで紹介していく。
過去作とは一線を画すポジティブな語り口に、ムーア監督もえらく丸くなったという印象を受けるかもしれない。しかし、トランプ旋風が吹き荒れる昨今のアメリカ。声高に自国批判を叫んでも届きにくいことを悟った、彼ならではの変化球的なアプローチだ。ある意味で成熟とも言えよう。
就労者に優しいイタリアの労働環境、若者に負担をかけないスロベニアの教育制度など、世界の素晴らしいシステムを楽しく紹介した末にたどり着く事実。この大いなる皮肉こそが本作の真骨頂だ。
ここがヘンだよ、世界番付
世界侵略というと、重苦しい感じもするが、これまで“ここがヘンだよアメリカ”を追ったマイケル・ムーアが、海外に目を向けただけの話。1年で8週間の有給があるイタリアの労働環境や、宿題がないのに学力トップクラスのフィンランドの教育など、親しみやすいネタを笑いを交えてツッコミまくる。基本的に各国の美点に焦点を当てたバラエティ番組のような構成のため、これまでのムーア作品に比べ、ライトで楽観的なイメージも受けるが、最長刑期21年なのに世界一再犯率の低いノルウェーの刑務所あたりから、ガッツリと社会派な展開に突入。『オズの魔法使い』というより「青い鳥」な着地点もいささか強引に感じるが、これはこれで悪くない。
「目から鱗」を採取するシステム改善のための教養バラエティー
彼は何しにヨーロッパ諸国へ行ったのか。それは世界の「良いとこ探し」。また全てが、実はアメリカの理想の原点であった事を再確認するため。この“米国に戻る”ブーメラン的な視座こそがムーアの流儀の肝となる。
今回は彼なりの「幸福論」であり、楽しい学習の旅だ。我々の凝り固まった認識のフレームを柔らかく広げるため、あえてポジティブな片面だけを見る取材姿勢は結構大胆。とはいえ今の北欧はやっぱり凄いなと素直に感嘆させられたりも。
ムーア作品はあからさまな啓蒙性が批判の的にもなるが、筆者は好き。それは彼の事を、ブレない定点からプロテストを歌い続けるシンガーソングライターのような人だと思っているからだ。