手紙は憶えている (2015):映画短評
手紙は憶えている (2015)ライター4人の平均評価: 4
負の歴史を今に伝える異色のサスペンス劇
復讐する為に逃亡したナチスを追う話と言えば、P・ソレンティーノ監督『きっと ここが帰る場所』を彷彿。
戦争の傷は決して癒えることがない事を改めて突きつけるが、本作はさらに重いテーマを投げかけてきた。
もし先祖が戦争犯罪者で偽名を使って生きてきたと知った時、あなたならどうするか?と。
衝撃的なラストが待ち受けているのだが、それを目撃してしまった家族の心情を考えずにはいられないのだ。
本作はホロコーストの問題を現在進行形の話として捉えて欲しいという願いを込めて製作されたという。
だとすれば筆者には十分その意図が伝わっており、鑑賞後もずっと自分なりの答えを探す日々である。
驚愕のラスト5分、の煽りに惑わされるべからず
認知症で目覚めるたびに眠る前の記憶を失ってしまう高齢のユダヤ人が、70年前にアウシュビッツで妻子を虐殺したナチス兵士を探すべく復讐の旅に出る。
ラストのどんでん返しが映画の売りになっているようだが、しかし中盤のネオナチ警官の家における主人公の行動を見ればすぐに察しがつく。本作の核心はそこではなく、客観性を伴わない記憶というものの曖昧さと不確実さ、それでもなお消し去ることのできない真実の重みにあると言えよう。
クリストファー・プラマーにマーティン・ランドー、ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・プロホノフと、よくぞ揃えた名優たちの競演も見どころ。ネオナチ警官にディーン・ノリスってのもハマリ過ぎだ。
“許し”も“贖罪”も入る余地のない復讐忌憚
90歳の老人ゼヴが老人ホームで出会ったマックスが作ったシナリオに沿ってナチ戦犯を追うという設定にまず心惹かれる。ゼヴが老人性痴ほうであり、記憶があやふやなのもポイント。すぐに「ここはどこ?」状態になるので、見てるほうはハラハラし、戦犯の候補者4人を訪ね歩くゼヴを応援したくなる展開で引っ張って、ヒネリのある残酷な結末に落とし込むエゴヤン監督の手腕が光る。 マックスが伝説のナチ・ハンター、サイモン・ウィーゼンタールの仲間だったとの台詞もあり、ジェノサイドを決して忘れてはならないとの思いも明らかだ。また記憶の取り違えもテーマのひとつで、『アララトの聖母』を久しぶりに見たくなった。
この老人たちは"老い"に負けない
驚愕のラストだけではなく、そこに至るまでのストーリーの巧みさで魅了する。認知症の瀬戸際にいる90歳の男が、介護施設を抜け出し、70年前に自分の家族を殺したナチス兵士に復讐するため、その兵士かもしれない人物4人を訪ねていくのだが、訪問先のそれぞれで、まったく予期しなかった事態が待ち受けているのだ。老いた主人公がその事態にどう対応するのか、先の見えない展開に引き込まれる。
ある意味で"老い"の恐るべき一面も描いているが、その一方で、この老人たちは"老い"に負けない。みな、記憶力や体力や身体機能に問題はあっても、自分のやりたいことをやり抜こうとする気概を持っている。