荒野にて (2017):映画短評
荒野にて (2017)ライター2人の平均評価: 3.5
果てしない荒野を彷徨う少年の孤独と哀しみに胸を締めつけられる
幼くして母親に棄てられ、無責任なダメ人間だが愛情だけは深い父親に育てられた15歳の少年チャーリー。その父親まで失った彼が、殺処分される運命の哀れな競走馬ピートに我が身の不幸を重ね、唯一の肉親である伯母を探して共に旅へ出る。どこまでも果てしなく続くアメリカ西部の荒野。まるで人生の美しさと厳しさを映し出すような雄大な大地を、時に人々の優しさに助けられ、時に殺伐とした社会の現実に傷つきながら、安住の地を求めて彷徨うチャーリーとピートの姿に胸が締め付けられる。淡々とした語り口の中にも優しさを滲ませるアンドリュー・ヘイ監督の演出はもちろん、主演チャーリー・プラマーの物静かで寂しげな佇まいも素晴らしい。
少年が歩く世界が美しすぎないのがいい
親を失いひとりになった15歳の少年が、いろんな場所を歩き回る。少年は、映画のラスト近くまで自分の思いを口に出さないので、観客は彼の姿を見ながら、彼が何を感じて何を考えているのかを、ずっと想像し続けることになる。この演出は監督の前作「さざなみ」と同じだが、この主人公はあまりにひたむきに歩むので、彼が最後まで歩き続けられるようにと祈らずにはいられなくなる。
少年が歩き回る世界は、傷も汚れもあるが美しく、しかし美しすぎない。彼が歩くどこまでも続く草原も、夜に小さなランプで照らし出される彼と馬の会話も、どの光景も美しく描こうと思えばいくらでも美しく出来るところを、あえて踏みとどまっている。