インフル病みのペトロフ家 (2021):映画短評
インフル病みのペトロフ家 (2021)ライター3人の平均評価: 4.3
ここにもブチ切れてるヤツがいる!
前作『LETO』のカンヌ上映時は軟禁状態にあった鬼才セレブレンニコフ監督の爆裂作。「ゴルバチョフは国を売り、エリツィンは飲み潰し、エリツィンをベレゾフスキーが追い出し、ヤツらを任命した。今じゃどこもクソッタレばかり」とのトロリーバスの乗客の愚痴から始まり、プーチンへの怒りの一撃。原作は小説だが、映画でしかあり得ない躍動が横溢。図書館司書ペトロワの強烈な跳び蹴り。地獄巡りの混沌から莫大なエネルギーが噴き上がる。
主人公の自動車工ペトロフは監督に近い世代設定で、「現在」は04年。エリツィン期の90年代、ブレジネフ期の76年ソ連という三層で変異的な構造美を形成するロシア諷刺奇譚。死体も物申すぜ!
現代ロシアの実像に迫る壮大なダーク・ファンタジー
これはいわば、ソ連崩壊後におけるロシア社会の混沌とロシア人の精神世界を風刺した壮大なダーク・ファンタジーと言えるだろう。恐らく時代設定は’00年前後。貧困や差別や民族主義が蔓延るロシアの寂れた地方都市で、インフルエンザにかかって高熱にうなされる主人公の、現実と虚構の入り混じった妄想の世界が繰り広げられる。まるで出口のない地獄のような現代ロシア。平和で秩序の保たれたソ連時代への郷愁に駆られるも、実のところそれもまた虚構に過ぎない。SFにホラー、アクション、コメディと次々にジャンルを切り替え、凝りに凝った映像技法を駆使しながら、ロシアの実像に迫っていく見事な演出に舌を巻く。
ストーリー構造の面白さが少しずつ見えてくる
ストーリーの構造で魅了する。その構造は、見ていると少しずつ分かってくるように創られている。現実と妄想が隣合わせに描かれているかのように見えもするが、後になって、妄想だと思って見ていたものが、変形された記憶だったことに気づかされる。複数のイメージを積み重ねて物語を描く手法にも見えるが、後になって、それぞれのシーンがストーリーとして繋がっていたことに気づかされる。最後にラップが流れて、これが昔話ではなく現在の物語でもあったことに気づかされる。監督は映画『LETO -レト-』で伝説的バンドを題材にある時代の空気を描いたキリル・セレブレニコフ。今回も画面の画角や色調を自在に変化させて観客を幻惑する。