ストーリー・オブ・マイ・ワイフ (2021):映画短評
ストーリー・オブ・マイ・ワイフ (2021)ライター3人の平均評価: 3.3
海を制した男の中の男、支配することの出来ない妻の愛
1920年代のヨーロッパ。同業者の尊敬を集める優秀な船長ヤコブは、男なら妻をめとって身を固めねばと考え、たまたま見かけた初対面の美女リジーと結婚するものの、船の舵取りと違って思い通りにならぬ夫婦関係に困惑する。ハンガリーの名匠イルディコー・エニェディによる官能的で耽美的な文芸ドラマ。大海原という大自然を制してきた男の中の男も、複雑で繊細で矛盾した女性という存在を前にすれば無力。それでもなお歩み寄ろうとせず、主導権を握ろうとしたことが悲劇を招く。3時間近くの尺はさすがに長く感じるが、いわゆる有害な男性性への視点はとてもユニーク。鍵となる小さな役でロマーヌ・ボーランジェが登場するのも要注目だ。
海の男が、自分とは別の世界に魅了され続ける
映画を見ながら、古典大河小説をじっくり読んでいるような気持ちになる。原作はそんなに古くなく1942年刊行のハンガリー作家ミラン・フストの小説なのに、そう感じさせるのは、時代に左右されない普遍的な物語だからか。ずっと船で暮らして来た男が、別の世界があることを知って魅了されるが、その世界を手に入れることが出来ない。時折、画面に、輝かしく美しい海と、船の男たちの単純な生活が映し出されて、男が本当はそこに属していることを思わせる。撮影は、『マルコム&マリー』の滑らかで艶やかなモノクロ映像で魅了したマルツェル・レーブ。海の真っ直ぐな強い光、ヨーロッパの室内の柔らかく繊細な光が、それぞれに美しい。
「強い男」の不器用な人生の冒険
ヤコブという旧約聖書の創世記に基づく、『白鯨』のエイハブ船長より上位のシンボルを持つとも言える屈強な海の男(ハイス・ナバー)が、「他者」そのものな妻(レア・セドゥ)の存在にひたすら狼狽える。「この作品は実際には夫の物語です」と監督が明言しているように、素朴な強者が非合理な人生のレッスンという未知の航海に乗り出す。
マルタ共和国から、パリへ、そしてハンブルクに。ヤコブを苛立たせる自由派デダン(ルイ・ガレル)も効いている。保守的な男性性と女性性の魔性を扱いつつ、むしろ各々のステレオタイプから解放しようとする意思が見える。『私の20世紀』『心と体と』など貴重な傑作を放つエニェディ監督の新たな成果。