苦い涙 (2022):映画短評
苦い涙 (2022)ライター3人の平均評価: 3
ファスビンダー愛に溢れたラブレター
リメイク版『サスペリア』でルカ・グァダニーノ監督がオマージュを捧げたことでも知られるファスビンダー監督作をフランソワ・オゾン監督がリメイク。舞台をファッション業界から映画業界に、主人公2人を男女逆転し、映画監督の風貌はファスビンダーそのもの。全体的な印象は戯曲を映像化したオリジナルに忠実だが、オリジナルで若いモデルを演じたハンナ・シグラが監督の母で登場したかと思えば、大女優役のイザベル・アジャーニが『ケレル』でジャンヌ・モローが歌ったナンバーを披露。『焼け石に水』以上にファスビンダー愛に溢れたラブレターだが、このご時世に観る“パワーゲーム”は複雑な心境になることに間違いなし。
みんなが「愛」と呼ぶものの正体とは?
‘70年代の西ドイツ。ナルシストで傲慢な有名映画監督ピーターが若いジゴロに一目惚れし、美しい彼を独り占めせんと暴走していく。ファスビンダーの名作『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』を、主人公2人の性別を変えてリメイクしたフランソワ・オゾン最新作。「スターにしてあげる」を餌に若い男を釣ったくせに、彼が自分を愛してくれないと逆上する中年男。色ボケしたオジサンを都合良く利用しながら、束縛されることに腹を立てる若者。そんな身勝手な2人のエゴとエゴのぶつかり合いから、結局のところみんなが言う「愛」って何なんだ?を考察する。50年前のオリジナルで若い愛人を演じたハンナ・シグラがピーターの老いた母親役。
オゾンの中では濃厚味…と見せかけ、滲み出るビターな悲哀が妙味
フランソワ・オゾン+ファスビンダーとして前回の『焼け石に水』に比べ、ドラマとしての流れをオーソドックスに守った印象。一方で視覚的にテンションを上げるのは、アルモドヴァルなテイストも匂わせる濃密&ビビッドなキャラ設定や美術。登場人物の会話も、わちゃわちゃ楽しい。
目の前に現れた美青年の虜になる映画監督。そんな主人公にオゾン自身を重ねたくなるも、心に響く名セリフを織りなし、距離をとったオゾンの冷静な視線を実感。むしろ最近の日本を騒がせる複数のニュースが偶然にシンクロし、ちょっと怖い。
終盤、あまりのインパクトを残す人物にオゾンの(いい意味の)意地悪な個性が凝縮され、痛快、のちに寂寥の味わい。