私のプリンス・エドワード (2019):映画短評
私のプリンス・エドワード (2019)ライター3人の平均評価: 4
ヒロインが終始困り顔な“香港版『マリッジ・ストーリー』”
十年前にした偽装結婚の離婚手続きと、マザコンなのに束縛が半端ない彼氏との結婚式の準備を同時に進める。それだけ聞くと、香港映画お得意のラブコメのようだが、香港と中国大陸をめぐる「結婚と自由」について、じっくりシリアスに描いた“香港版『マリッジ・ストーリー』”である。これまで、さまざまなロマコメでヒロインを務めたアイドル出身のステフィー・タンが、終始困り顔な難役にたどり着いたのは感慨深く、香港アカデミー賞において主演女優賞候補になったのも納得。『縁路はるばる』で今や売れっ子カーキ・サムがアシスタント役で登場し、縁起の良い動物「亀」がキーワードとなっている点に、★おまけ。
保守的な社会で結婚に翻弄される女性が抱く自由への渇望
舞台は香港のプリンス・エドワード地区。長年同棲する恋人との結婚を控えた女性が、大陸の男性と偽装結婚した過去を記録から消そうと奔走する。これはいわば、万国共通の「結婚」というテーマを鍵に、保守的な家族観の根強い社会で暮らす女性の「自由への渇望」を描いた作品。かつて、煩わしい家族から自立する資金欲しさに偽装結婚をしたヒロインは、いざ本当の結婚を目の前にして、今度は束縛の激しい恋人や過干渉な彼の母親に辟易し、自由を求めてアメリカへの移住を目指す偽装結婚相手に刺激を受ける。誰からも縛り付けられことなく、自分らしく自由に生きたい。そんな願いを抱く全ての人々へ贈る応援歌とも言えよう。
「私」が欲しいものと、要らないもの
プリンス・エドワードは英国のエドワード8世にちなんだ香港の有名なエリア。同時に主人公の彼氏=頼りない「王子様」も指すが、実はどちらの輝きも失効に向かっている事を示す。ロマンティック・コメディの定型に則ったふりをしつつ、内側から解体していく面白さと画期性に満ちている。
監督のノリス・ウォン(87年生)は香港の揺れるアイデンティティを見据えつつ、旧来のシステムや価値観に囚われぬこれからの生き方を模索する。この長編デビュー作は2019年作品(奇しくも民主化デモの年)だが、グレタ・ガーウィグの諸作やキム・ボラの『はちどり』、岨手由貴子の『あのこは貴族』など世界的な新しい波との共振が認められる傑作だ。