サードシーズン2009年3月
私的映画宣言
新作『バッド・バイオロジー』(ホラーコメディーの傑作!)を引っ提げて来日したフランク・ヘネンロッター監督のアテンドで、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に初参加してきました。間髪入れず、次は3月中旬のフランス映画祭! 『ヘル・レイザー』リメイク版の監督に決定した、あの人に会ってきます。
去年の来日から1年も経たないうちに、再来日公演なんてうれしいじゃないか、ポール・ウェラー! というわけでこれを糧に、缶詰仕事と取材、出張が続くハード・デイズ&ナイツを乗り越え中。気付けば観てない映画がたくさんある……。
先週、ダニー・ボイル監督を取材して、その明るく人のいいキャラと愛らしい目に大いに魅了されました。今日はロブ様ことロバート・パティンソン取材。心の「会いたいイギリス人」リストが次々とクリアされていく~。
『カンフーシェフ』で加護亜依を取材。活動自粛後の復帰作ということで渾身の一作。サモ・ハン・キンポーとのエピソードなどが楽しかった。実はかなりの映画好きで『ダークナイト』を3日連続で映画館で観たとか。熱いのう!
ダウト ~あるカトリック学校で~
オスカー俳優のメリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンが、鬼気迫る演技でぶつかりあ合う心理サスペンス・ドラマ。1960年代のカトリック系学校を舞台に、神父と児童との関係への強い疑惑を募らせていく女性校長の姿を描く。トニー賞と、ピューリッツアー賞を同時受賞した舞台劇を原作者のジョン・パトリック・シャンレー自身が映画化。善良や正義が深く掘り下げされ、観る者を人間の心の闇へと誘う意欲作。
[出演] メリル・ストリープ、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス
[監督・脚本・原作] ジョン・パトリック・シャンリー
舞台劇がオリジナルなだけに、役者のハイレベルな壮絶演技合戦が大々的にフィーチャーされ、そこは確かに目を見張るものがある。それがオスカー常連俳優の二人、メリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンならなおさら。しかし、肝心のストーリーが映画向けにうまく多角的に拡張されていたかというと、そこは疑問(Doubt)。アメリカ社会の転換期と黒人問題という興味深いテーマを織り込みつつも、深く突き詰めることはなく不完全燃焼。でも、エイミー・アダムスのイノセンスな瞳は忘れ難いものがあります
ストリープvs.ホフマンの口論合戦だけで、とりあえず観る価値あり。特にストリープの「わたしは人間というものを知っています!」「あなたには慈悲を感じません!」などの断定発言の連続に圧倒される。下方からのショットも効果的で、ここでのストリープはかなり怖いぞ。劣勢の男の目線で見ているとストレスがたまること必至だが、なにぶん『ハピネス』などでの怪演も忘れ難いホフマンだから“本当はやったんじゃないの?”などと勝手に思ってしまえるのが妙味!?
配役が完ぺき。メリル・ストリープと同格に闘えるフィリップ・シーモア・ホフマンを連れてきた時点で、映画の成功は決まっていたのだろう。とはいえ、どちらも遠慮せずぶつかり合っているから、その相乗効果は想像以上のド迫力なのだ。ただし、この二人の対決よりもわたしはメリルと母親役ヴィオラ・デイヴィスのやり取りが最もスリリングだったな。神父がクロかシロかよりも、女二人の会話に背筋ゾ~ッ。この場面こそ一級サスペンスである。
もともとの舞台劇のように感情の流れを止めずに、一気に見せる長めのシーンは大迫力だけど、物証や推理で攻めていくサスペンスをどこかで期待していた自分には心理サスペンスだったというのはちょっと物足りない。ちなみに複雑な境遇や心情を、しかも最初からすべてを目で物語っているヴィオラ・デイヴィスが例の助演女優賞を受賞すると思っていたけど、トム・クルーズと別れると女優ってオスカー像を持っていくんですよ。ジンクス!
自分の価値観や信念にそぐわないものは悪と決め付け、排除しようとする頑迷なシスターを演じたメリル・ストリープ。ゾッとするような青白い肌に、目のふちは真っ赤という形相は何かに取りつかれた者のようで、実際、過剰なまで神父を糾弾する姿には戦慄(せんりつ)を覚えずにはいられない。特にメリルと神父フィリップ・シーモア・ホフマンの15分間に及ぶ対決シーンが見ものだけど、すさまじいので劇場へは体調万全で。また、わずかな出番で大女優メリルを完全に食ったヴィオラ・デイヴィスもお見逃しなく。
ワルキューレ
第二次世界大戦時に実際にあったヒトラー暗殺計画を題材に、トム・クルーズが主演を務める戦争サスペンス。ヒトラーの独裁政権に屈する者と世界を変えようとする者、そして両者の裏で陰謀をたくらむ者が、戦争の混乱の中で繰り広げる駆け引きを描く。監督は『ユージュアル・サスペクツ』『スーパーマン リターンズ』などのヒットを飛ばすブライアン・シンガー。ケネス・ブラナーやテレンス・スタンプなどの演技派キャストが脇を固め、最後まで緊張の糸が途切れないドラマを展開させる。
[出演] トム・クルーズ、ケネス・ブラナー、ビル・ナイ
[監督] ブライアン・シンガー
トム・クルーズが新たに選んだミッションは、ヒトラー暗殺。史実を基にした緊迫感あふれるサスペンス・アクションだ。己の信念を貫いた眼帯大佐を演じたトムの好演ぶりは評価できるが、脇を固めた名優たちの登場シーンが控えめで、その実力がイマイチ発揮されていないのが惜しい。監督のストーリーテリング能力は買うが、トム大佐のパーソナルな面をあと少しでも掘り下げれば、さらにドラマチックな映画になったかも。それにしてもブライアン・シンガー監督は本作といい『ゴールデンボーイ』といい、ナチス映画にこだわりのある男ですな。
実話に基づき、第二次世界大戦中のヒトラー暗殺計画を描くのだから結末は目に見えているのだが、それでもオペレーションものとなるとワクワクせざるを得ないのは男子の血ゆえか。主人公が不自由な体で作戦の最前線を行く姿もスリリングだし、複数の個所の状況をきっちり見せる丁寧さもイイ。監督が監督なので深みがあると思って観ると拍子抜けかもしれないが、“あの狂人以外のドイツ人がいることを世界に知らせたい”という意気の熱さだけで個人的にはオッケーだ。
とにかく覚え切れないのだ、ドイツ人の複雑な名前が次々と登場して……。後半になって、やっと誰が誰だかわかるようになってからは一気に話が面白くなるけど、それまでが長い! トム・クルーズの魅力と迫力には“さすが”と随所で思っただけに残念。それからなぜ、脇役のほとんどがイギリス人俳優なの? 『SAYURI』を中国人女優でやる微妙な違和感。あまりに多いので、予告を見たときは、全員がイギリスから送られたスパイなのかと勘違いしてた。
ヒトラー暗殺計画を史実に沿って追うというより、完全にスペクタクル活劇になっていてトム・クルーズの映画って感じ。背が低かろうが、アメリカ人だろうが、主演がトーマス・クレッチマンじゃなかろうが、スターには関係ない! 計画をひそかに遂行するシーンなど、あながち“作戦”に“ミッション”とルビをふる宣伝センスに間違いはないと思ってしまう。来日プロモーションがあれば『M:i:III』時の新幹線ジャック以上の大暴れを希望!
『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』での捨て身の挑戦をしたトム・クルーズ。しかし、実在したドイツ人役はどこから見てもアメリカンな彼には無謀過ぎた。ドイツ軍のいかめしい軍服の下ではトムの役者魂が燃えまくっているのに、失敗に終わった暗殺計画と同じく映画は盛り上がらない。個人的にはテレンス・スタンプらイギリス人オヤジ俳優たちを見て楽しんだが、彼らの渋々な味も生きてない。結局一番ハマッてたのはドイツ出身のトーマス・クレッチマン。もともとは彼が主演だったとか。彼で作ってればなー……。
フロスト×ニクソン
今や伝説となったインタビュー番組の司会者デビッド・フロストとウォーターゲート事件で有名な元大統領リチャード・ニクソンのトークバトルを中心に、番組の裏側で繰り広げられたドラマに迫る話題作。監督は『ダ・ヴィンチ・コード』のロン・ハワード。フロストを『クィーン』のマイケル・シーン、ニクソンを『グッドナイト&グッドラック』のフランク・ランジェラが演じる。実力派俳優たちによる、ダイナミックな“心理戦エンターテインメント”として楽しめる。
[出演] マイケル・シーン、フランク・ランジェラ、ケヴィン・ベーコン
[監督・製作] ロン・ハワード
舞台劇の映画化の成功例。クライマックスで二人が迫真のトークバトルのスリルと緊張感にもカタルシスを感じたが、両陣営の戦いの準備の緻密(ちみつ)な過程や主演二人の内面の描き方、そして周囲を囲むキャラの立たせ方も巧妙。政治色が色濃く前面に出すぎておらず、エンターテインメントとしての軽妙さも獲得した快作。俳優たちのアンサンブルも見事だが、特にフランク・ランジェラがパーフェクト。彼の両眼は、まるで独立した生き物かのように驚異的なほど繊細(せんさい)な動きを見せており、あぜんとさせられた。
程度は違えど、どちらも負け犬である男たちが野心をギラつかせてトークバトルを演じるという、そんな設定だけで熱くなれる。観客として共感を覚えるのは、やはり「才能もないのに有名になった」と揶揄(やゆ)されるフロストの方で、圧倒的劣勢に追い込まれた彼に肩入れしている自分がいた。アカデミー賞候補となったフランク・ランジェラもいいが、実質的に主役であるマイケル・シーンも捨てたもんじゃない。いつも共演者の引き立て役にしか見られない、この人、かわいそうな気がする。
悪いけれど、そんなに期待してなかったら、これが相当面白かった! 二人の人間性がきちんと描かれているから、対決シーン、それも画的にはオッサン二人がしゃべり合っているという超地味な場面でも、本当に手に汗握るほど、スリル満点なのである。大統領なのに珍しく人気のないニクソンを演じただけにオスカーはないと思ったが、フランク・ランジェラが素晴らしくチャーミング。最後は涙が出そうなほど、ニクソンのことを好きになりそうだった。
第一線に返り咲きたい政治家と全国区になりたい司会者は目指す到達点こそ違うが、表舞台に躍り出たい目的は同類の野心家で、そのぶつかり合いは激しく、観ていて楽しい。まぁインタビューを生業とする自分としてはニクソンに飲まれそうになるフロストに感情移入。ニクソン役のフランク・ランジェラも強烈だし、マイケル・シーンも芸達者で今後も実在の人物を演じてほしい。余談だが、本作で映像のパワーを知ればアノ人もあんな会見せずに済んだろうに。