コンペティション部門作品紹介!
第62回ベルリン国際映画祭
2月9日(現地時間)から、第62回ベルリン国際映画祭が開幕。今年の審査委員長は、マイク・リー監督。審査員には、ジェイク・ギレンホール、シャルロット・ゲンズブール、フランソワ・オゾン監督、アスガー・ファルハディ監督が務める。
『シーザー・マスト・ダイ(英題) / Caesar Must Die』
© Umberto Montiroli
シェイクスピア劇「ジュリアス・シーザー」が幕を閉じ、演者は万雷の拍手に包まれる。そして受刑者である演者は、重警備刑務所レビッビアの官房へと戻っていく。ある者は「芸術に接したことで、本当の監獄を知った」と嘆く。
イタリアの映画監督・脚本家ユニットであるタヴィアーニ兄弟は、翻案作品では文豪トルストイ作品が最も多く、本作ではシェイクスピア作の悲劇を取り入れた。リハーサルに半年を費やし、役者がキャラクターを理解するためにシェイクスピアの語彙がいかに有用か、そして友情と裏切りの相互作用などを実証しようとしたドキュメンタリー作品。『父/パードレ・パドローネ』でカンヌ映画祭のパルムドール賞を、そして『サン★ロレンツォの夜』で同映画祭審査員特別グランプリを受賞している。鋭い着眼点がもたらす、古典演劇と現代の比較がどんな影響を与えるのか。
『ジャスト・ザ・ウィンド(英題) / Just The Wind』
ハンガリー、ドイツ、フランス
ベンス・フリーガウフ
Lajos Sarkany、Katalin Toldiほか
ハンガリーの森の小屋で病弱な父と二人の子どもとひっそり暮らすロマ人のマリ。最近、近くに住むロマ人の家族が次々と銃殺され、不安の中で過ごしていた。そんな中、息子のリオはあることの準備に夢中になっていた。
2008年から2009年にかけて、ハンガリーで実際にあったレイシストによるロマ人殺害事件を基に映画化。監督のベンス・フリーガウフは、本映画祭で上映された『レンゲテグ(原題) / Rengeteg』『ディーラー(原題) / Dealer』の2本がコンペ外ではあるものの受賞経験のあるハンガリーの逸材だ。主演には、6か月をかけて探したロマ人のアマチュア俳優を起用している。ロマ人の人権がテーマだけに、社会派で知られる審査委員長マイク・リーが注目しないはずがない。
『バーバラ(原題) / Barbara』
Photo Hans Fromm © Piffl Medien
1980年、東ドイツの夏。女医のバーバラは、西側への移住申請をしたが、小さな村の診療所への左遷の命が下される。彼女は郊外の生活に魅力を感じられないまま、西側にいる恋人の手引きによる国外逃亡を計画していた。
ハルーン・ファロッキ監督とハルトムート・ビトムスキー監督の下でアシスタントを経験した「ベルリン派」のクリスティアン・ペツォルト監督。本映画祭コンペ部門への出品は『幻影』『イェラ』に次ぐ3作目となる。リアルさと政治色にこだわる作風で、女性主人公の「監視されることに対する恐れ」という人間心理を突く意欲作だ。ニーナ・ホスは『イェラ』で本映画祭主演女優賞に輝き、昨年の審査員を務めた。監督と女優のコラボはベネチア映画祭に出品した『ジェリコ(原題) / Jerichow』も含め5度目ゆえ、地元ベルリンの期待値は高い。
『ルベユ(原題) / Rebelle』
© Rebelle - le film
カナダ
キム・グエン
レイチェル・ムワンザ、アラン・バスティアンほか
内戦中のアフリカの村で、突然現れた反乱軍によって少女の村は焼き払われ、両親も殺されてしまう。さらわれてジャングルに連行された彼女は、無理やり子ども兵としての訓練を受けさせられ、さらには血も涙もない指揮官の夜の相手まで務めさせられていた。
気鋭のキム・グエン監督は、監督だけでなく脚本やプロデューサーまでこなす器用さを持ち合わせている。まだ世界的認知度は低いものの、これまで『グレート・ブルー』で有名なジャン=マルク・バール出演の『ラ・シエ(原題) / La cite』や、『アサインメント』のセリーヌ・ボニアーが出演する『トリュフ(原題) / Truffe』などの作品を手掛けてきた。アフリカの内戦の過酷さを見据えた本作で、初めてベルリン映画祭の大舞台に立つことになるが、社会派作品に重点を置く本映画祭の話題をさらうことは間違いない。
『ア・ロイヤル・アフェア(英題) / A Royal Affair』
© Jiri Hanzl
クリスチャン7世の侍医としてデンマーク宮廷に入ったドイツ人のストルーエンセ。王の信頼の厚いストルーエンセは摂政となり、一方で王妃カロリーネを愛人にしていた。貴族政治の改革を行おうとするストルーエンセだったが、それが原因で悲劇を招くこととなり……。
デンマーク王クリスチャン7世の王妃カロリーネと王の侍医ストルーエンセの、国家をも揺るがす禁じられた恋を描いた恋愛ドラマ。『アフター・ウェディング』『タイタンの戦い』といったデンマーク国内外の作品に出演するマッツ・ミケルセンが、ストルーエンセ役を演じる。ニコライ・アーセル監督は『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の脚本を担当したということもあり、本作のコンペ出品でさらに知名度を高めることができそうだ。
『ホワイト・ディア・プレイン(英題) / White Deer Plain』
中国の陝西省にある小さな村には二つの名家があり、両一族、そして各家の二人の息子たちも共に助け合いながら平和に暮らしていた。だが、ある日、土地の利権に絡んだ騒動が起こり、村に新しくやってきた若い女性がその騒動に巻き込まれる。
『タブー(原題) / Tabu』
ポルトガル、ドイツ、ブラジル、フランス
ミゲル・ゴメス
テレサ・マドゥルガ、ローラ・ソヴェラルほか
ピラールの隣人の老女は、カーボベルデ人のメイドと共に暮らしていた。ある日、老女が亡くなった後、ピラールは偶然彼女の遺品の中からかつての恋人にあてた手紙を発見し、それを投函することを決意する。
当初はポルトガルで映画批評家としてキャリアをスタートさせたミゲル・ゴメスは、同時に短編映画を自分で手掛けるようになり監督としての頭角を現す。やがて2008年に『私たちの好きな八月』を発表し、南米で最大規模のサンパウロ国際映画祭で批評家賞を受賞するほか、同作はカンヌ映画祭の監督週間にも出品されて大きな反響を呼ぶ。1972年生まれの新鋭監督がモノクロームの映像で紡ぐ、ノスタルジックな回想録の不思議な魅力に引き込まれる。
『キャプティブ(原題) / Captive』
NGOのフランス人活動家、テレーズ・ブルゴワンはフィリピンのパラワン島で人道支援にあたっていたが、イスラム過激派組織アブ・サヤフにより彼女とスタッフ、旅行者が拉致(らち)される。そして、ミンダナオ島に連れ去られた彼らをフィリピン軍も捜索するが……。
2005年に『マニラ・デイドリーム』でロカルノ国際映画祭金豹賞を受賞、2009年のカンヌ映画祭では『キナタイ -マニラ・アンダーグラウンド-』が監督賞を受賞するなど、フィリピン・インディペンデント映画界の実力者ブリランテ・メンドーサ監督。本作は、2001年に起きたイスラム過激派組織による外国人誘拐事件を、被害者と実行犯の両方の視点から描いた意欲作。2002年、『8人の女たち』で銀熊賞(芸術貢献賞)を手にした演技派女優イザベル・ユペールが主演を務めることも話題を集めそうだ。
『オージュルデュイ(原題) / Aujourd'hui』
フランス、セネガル
アラン・ゴミ
ソール・ウィリアムズ、アイサ・マイガほか
その日の夜に死ぬサチェルにとって、今日は最期の日。世間もそのことを知っており、もはや抵抗するすべはない。彼は通りへ出て、母の家や子どものころに過ごしたかいわい、友達や初恋の女性を訪ねる。
監督は、セネガル人の父とフランス人の母をもつアラン・ゴミ。セネガルの首都ダカールで撮影された本作は、ゴミ監督にとって長編3作目で、2001年のデビュー作『ラフランス(原題)/ L'Afrance』ではロカルノ国際映画祭新人監督部門でのYouth Jury Awardを受賞している。今回の作品で、迫り来る死を静かに待つ男を演じるのは、1998年カンヌ映画祭でカメラドールを受賞した『SLAM』の主演俳優ソール・ウィリアムズ。セネガル(フランスと共同製作)初の金熊賞に期待したい。
『シスター(英題) / Sister』
© Roger Arpajou
スイスのスキーリゾート地。12歳のシモンは金持ちの観光客のスキーや用具を盗み、子どもたちに転売していた。姉のルイーズは仕事を失ったばかりでシモンの稼ぎに依存していたが、シモンが取り返しのつかない事件を起こしてしまい……。
『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』で女殺し屋を演じたレア・セドゥーと、ケイシー・モテ・クラインが主演。長編劇映画デビュー作『ホーム 我が家』が2008年カンヌ映画祭批評家週間で上映されたウルスラ・メイヤー監督は、東京国際映画祭でも紹介されて評価が高かった。2作目となる本作が今後のキーポイントとなりそう。
『フェアウェル・マイ・クイーン(英題) / Farewell My Queen』
© Carole Bethuel
1789年、革命の夜明け前。パリの騒動などどこ吹く風だったベルサイユも、バスチーユ陥落の知らせが入ると、貴族も奉仕者も誰も彼もいなくなってしまった。マリー・アントワネットの献身的な朗読係シドニー・ラボルドを除いては……。
マリー・アントワネット専属の朗読者の視点でとらえたフランス革命を描き、2002年にフェミナ賞を受賞したシャンタル・トマの小説「王妃に別れをつげて」。その原作を基に映画化した歴史大作。監督のブノワ・ジャコーは、カンヌ映画祭やベネチア映画祭のコンペには出品しているがベルリン映画祭は初となる。撮影は実際にベルサイユ宮殿でも行われ、ドイツ人女優ダイアン・クルーガーがアントワネットを、『神々と男たち』の監督グザヴィエ・ボーヴォワがルイ16世を演じるなど注目度は抜群だ。
『カミング・ホーム(英題) / Coming Home』
© Les Films Hatari
18歳のガエルは誘拐犯のヴァンサンから逃れ、8年ぶりに自由になった。その間はお互いに相手のことがすべてだったが、来る日も来る日も戦って自由を手に入れた。これからは外部に適応し、両親に会い、世界と向き合っていかなければならないのだが……。
メガホンを取ったフレデリック・ヴィド監督は、過去には自身の父親との会話を撮影したドキュメンタリー、そして家族をテーマにした悲劇ドラマの2本を監督している。メジャーな国際映画祭には初登場でその手腕が気になるところ。主演は、『華麗なるアリバイ』『美しいひと』などに出演する若手注目株のアガト・ボニゼール。衝撃的な題材ゆえ、評価の行方を見守りたい。
『ポストカーズ・フロム・ザ・ズー(英題) / Postcards From The Zoo』
© Sony Seniawan
ラナは3歳のときにジャカルタの動物園に置き去りにされ、飼育員の手で育てられた。そんなラナにとって動物園はこの世のすべてだったが、いつの日か目の前にカウボーイという王子様が現れることを夢見ている。
インドネシア出身のエドウィン監督の長編2作目。大学でグラフィックデザイン専攻し後に映画を学ぶ。短編映画と実録を手掛け、自身の中国系インドネシア人という出自をベースにアイデンティティーを追求した初の長編作品『空を飛びたい盲目のブタ』で数々の国際映画祭に招かれ、ロッテルダム国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。同作と6作の短編が大阪アジアン映画祭で特集上映された。政治的な主張と芸術を融合させ、接写やスローモーションを効果的に用いる手法が高く評価されている。
『ジェーン・マンスフィールズ・カー(原題) / Jayne Mansfield's Car』
Photo: Van Redin
1969年の米国アラバマ。ジムは前妻の死を知った。彼女を故郷に埋葬するために、英国人の夫と息子たちがジムの住むアラバマを訪れることに。そうして異父兄弟たちが初対面するが、異なる文化による諍(いさか)いが生じてしまう。
ビリー・ボブ・ソーントンが出演と共同脚本を務め、約10年ぶりにメガホンを取った。サム・ライミ監督の『ギフト』の脚本家トム・エッパーソンと『運命の引き金』に次ぐ共同脚本で、二つの家族の文化的衝突を描くドラマ。自動車事故で世を去った女優ジェーン・マンスフィールドの半生から着想を得た物語と推測されるが、戦争の記憶や、家族間の対立、3世代にわたる父子のあり方を主軸に描く。ソーントン監督は『スリング・ブレイド』でアカデミー賞脚色賞を受賞しており、本作でも脚本の完成度は群を抜いているよう。
『チルドレン・ゲームス(英題) / Childish Games』
ある日、家族ぐるみの付き合いをしていたマリオが自殺したため、ダニエルと妻のラウラは、彼の娘を引き取ることにする。ラウラは父親を亡くした少女に深い愛情を持って接するが、逆に夫のダニエルは、次第に彼女の存在を脅威に感じるようになり……。
監督としての知名度は低いものの、アントニオ・チャバリアスが製作を担当したペルー映画『悲しみのミルク』が、2009年の本映画祭で金熊賞を受賞。国際色豊かなフランス国境沿いのスペイン・カタルーニャ地方出身の監督だけに、メキシコやペルーなどと共同で映画製作を進めることも多い。人間の本能にダイレクトに訴えかけるストーリーが展開するスリラーで、監督としてベルリン初ノミネートを果たしたベテランの動向に注目が集まる。
『ホーム・フォー・ザ・ウィークエンド(英題) / Home For The Weekend』
Gerald von Foris © 23/5 Filmproduktion GmbH
ベルリンで暮らすマルコは、引退した両親が暮らす南ドイツの小さな村に年に数回、孫の顔を見せるために足を運んでいた。彼の母親はうつ病に悩まされていたが、兄弟のヤーコプが母のことをよく気にかけてくれるので助かっていた。そんなある日、彼らは一堂に会することになるが……。
『クレイジー』などで知られる、ドイツ映画界をけん引するハンス=クリスティアン・シュミット監督。本映画祭では、2003年に『リヒター(原題) / Lichter』で、2006年にも『レクイエム~ミカエラの肖像』で国際批評家連盟賞を受賞、2009年の『ストーム(原題) / Storm』でもアムネスティ国際映画賞をはじめ多数の賞を受賞している。コンペ部門へのノミネートは今回で4度目になるだけに、地元ドイツの名誉に懸けても金熊賞をゲットしたいところだ。
『グナーデ(原題) / Gnade』
© Alamode Film, Photo Jakub Bejnarowicz
ニールスとマリアのドイツ人カップルは、息子と共にノルウェー北部にある世界最北の町の一つであるハンメルフェストに移り住む。夫は天然ガスプラントで働き、妻は看護師として働いていたが、ある日、マリアが運転中にひき逃げをしてしまい……。
日本でも2001年に『CLUBファンダンゴ』が公開された、ドイツ人監督マティアス・グラスナーの最新作。2006年に『ディ・フライエ・ヴィレ(原題) / Der freie Wille』が、同映画祭の銀熊賞に選ばれた際にも出演している、ドイツの人気俳優ユルゲン・フォーゲルと再び手を組み、人間の本質とは何かを訴える。ノルウェーを舞台にした心に染みるドラマで、ハンス=クリスティアン・シュミットと共にドイツ人監督同士が繰り広げる熾烈(しれつ)な賞レースを楽しみたい。
『メテオラ(原題) / Meteora』
ギリシャの修道士テオは、ギリシャ北西部の切り立った奇岩群の上に建つメテオラ修道院群で、日々神に祈りをささげつつ心穏やかに暮らしていた。彼は俗世とのかかわりを絶ったつもりだったが、ある日、彼と同じような生活を送るロシアの修道女と出会い……。
『PVC-1 余命85分』で監督デビューを飾ったコロンビアのスピロス・スタソロプロス監督が、幼いころに離れた母国ギリシャに戻って撮り上げた禁断のラブストーリー。なかなか一般の人には近づけない険しい山頂で、神にすべてを委ねた修道士と修道女が果たす運命の出会いを描く。デビュー作で2007年カンヌ映画祭ローマ市賞を受賞するなど、その才能が際立っているだけに、欧米を中心にずらりとベテラン監督たちが顔をそろえる中、監督2作目で早くもベルリンに招待された新鋭への期待が膨らむ。