メイ・ディセンバー ゆれる真実 (2023):映画短評
メイ・ディセンバー ゆれる真実 (2023)ライター3人の平均評価: 4.3
ポートマン怪演、トッド・ヘインズ流「告白的女優論」
乾いた可笑しみが全篇に。それを端々で象徴するのが(同じく“年の差恋愛”を題材とした)『恋』(71/ジョゼフ・ロージー監督)の荘厳なスコアのトリッキーな援用、ミシェル・ルグランの大仰とも受け取れかねないストリングスの使い方だ。
全米を賑わせた実話スキャンダルの映画化の過程、演技者と当事者の駆け引きをジュリアン・ムーア、ナタリー・ポートマンが魅せる。応用されているのはベルイマン作品で、『冬の光』(63)の長回しで捉えられたモノローグ、『仮面/ペルソナ』(66)の女性二人の共依存関係。『鏡の中の女』(76)の精神世界へのアプローチも。映画史を猥雑に扱う、実に“食えない監督”トッド・ヘインズらしい。
結局、他人の本心はわからない不毛も、観ていて妙にワクワク
J・ムーアが冷蔵庫を開け「ホットドッグがないわ」とつぶやく。それだけの描写に大仰な音楽をかぶせる、ヘインズ監督らしい過剰にメロドラマティックな演出が、児童強姦罪で逮捕され、相手の少年と結婚した女性の運命を、シビアになりすぎず「作り物」として受け止めやすくする。
N・ポートマンは、演じる役と一体化してしまうプロセスが『ブラック・スワン』と別ベクトルの危うさで魅了。
意外に感動したのは、10歳ちょっとしか年齢が変わらない実の息子と父親が、屋根の上で会話するシーン。この家族しかわからないであろう感覚を共有できた。
シンプルに、俳優が演じる本人と会って役作りをする過程をリアルに体感できるのが貴重かと。
タイムリーなテーマを絶妙なトーンとせりふで語る
「#MeToo」から7年近く経つ中では、未成年だった当時は“合意の上”と思っていたことも、今考えると違うのではないかと疑問を持つ被害者の声も聞かれる。ずっと年上の人物が“ロマンチックな大恋愛”としたことは、果たしてそうなのか。そこへ迫るだけでなく、ハリウッドの要素が絡むのも、この映画を美味しくする。シリアスなテーマにしっかり向き合いつつも、エンディングにも明らかなように、ダークなユーモアを散りばめるのを忘れない。この絶妙なトーンと、気の利いたせりふ(とりわけジュリアン・ムーアの)は、ほかにないもの。今作でオスカー候補入りしたサミー・バーチ(および一緒に話を考えた彼女の夫)の次の作品が楽しみ。